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新米特許技術者のころ(いま)

20代の後半である私は特許明細書の作成にどっぷりつかっている。

特許事務所に就職してからの特許業務というのは先に記したとおり、企業で作られた提案書から明細書を仕上げるというのが主な仕事で技術的または法律的または制度的なチャレンジという意味ではいささか物足りないものである。企業の知財部や知財コンサルティング会社などではもっとかっこいい仕事をしているのではないかと、隣の芝生は青いと思うときもある。

特許事務所といっても重要な案件はどうせ企業の内部でやっていて特許事務所には特許件数を稼ぐための案件ばかり流れてきてつまらないというような風説が流れているのも事実である。それは半分正しくて半分間違いみたいだけど。

それよりか、法律事務所かなんかに勤務して著作権とかの実務に従事したほうが全然かっこいいと思うこともなくはない。

わたしは〜国際特許事務所というところに中途で就職したのだが、国際部門とも渉外部門とも別の国内部門であった。正直言えば「国際特許事務所」という名前から連想して、何か世界規模の最先端のソフトウェアの知財問題に従事できるのではないかと思ってないわけでもなかった。現実は地味な明細書作成が主な仕事である。

最近は知財立国とかなんだとかでオープンソースとかGPLとか著作権とかと特許制度がバッティングしてる状況がメディアなんかでもちらちら取り上げられるのでひょっとしたらその手の業務に従事できるかと思っていたのである。

わたしの入社して最初の案件は工場で工業製品をつくる機械の制御システムの明細書作成である。ピーターパン症候群でいまだに生意気な盛りのわたしとしては「グーグルのその先のウェブ技術」の案件とかではなく、工場の機械の制御システムだとおおおお〜とちゃぶ台をひっくり返しそうな雰囲気でいまだにやっているのであるが、こういう案件を地道にやっているおかげで明細書作成のイロハ、理系論文を読むことのイロハ、地道な特許業務の実践について得がたい経験をさせていただいている。いずれわたしの知財コントローラーとしての血となり肉となっていくだろうと思うのはこういう経験である。

特許明細書の作成。これはあなたが想像する以上にタフな仕事である。期限を落とすことはあってはならない。言うのは簡単だが行なうのは非常に難しい。

特許審査の運営マニュアルを特許庁が審査基準として発表しているので、我々特許技術者はその文書を文字通り一行一行解釈しながら明細書を作成していく。法律というのがそもそも自然言語で書かれているので表現があいまい(複数の解釈がある)な場合があるので、それについて一つ一つ解釈を明確化しないといけない。

個々の案件ではお客さんから提案書というかたちで発明の概要を教えてもらうので、そこから発明を抽出して明細書をかくことになっている。その提案書には普通の技術が書かれていて、(特に驚くような技術が書かれているわけではないので)、実装定義とか実装依存とかに満ち満ちていた。大人の事情はよくわからないがわたしには車輪の再発明としか思えない発明ばかりである。しかし、それを権利化するのがわたしの仕事である。

特許技術者としては、自分が神になって自分の法を創造するという、ローレンスレッシグが実践したようなことは全く力不足なことである。少なくともいま現在、わたしは弁理士くらい受かっとかないと発言権さえ与えられないと頑なに信じている。明細書作成も知財に関する相談業務も、弁理士の独占業務である。その終局の形が弁護士という職業であるのだが。

特許事務所の電気チームは、ソフトウェア開発実務で現在使われているような表現手法で明細書を書くことを良しとしない。伝統的な電気回路の明細書を書く要領で、審査基準に忠実に明細書を作成するという方式に固執する。中途採用プログラマ、彼らから見て馬の骨とも知れない私が明細書をいじくって拒絶査定をくらうのを危惧しているからである。それはそれで理解できなくもないが、審査基準や電気回路の表現だとプログラマ当業者にはなにいってるかわからん表現も多々ある。しかし、結局は私は実績もないので伝統的明細書表現で明細書を書かざるを得ない。

電気チームの課長には明細書作成のイロハを教えてもらっている。発明抽出、課題の設定、従来技術や引用文献との差異の見つけ方、29条1項柱書の解消の仕方、進歩性の主張の仕方、効率良い明細書の作成方法、お客さんの説得の仕方、、などなど。

いまはまだソフトウェア特許の活用というものがさほどなく明細書だけがあって、出願件数を上げることに注力されている。メディアにでてくる特許の話題しか聞いたことがない人たちには信じられないことかもしれないが、ソフトウェア特許というのはとりあえず出願しとけ、というのが前提で審査請求をする事はむしろ例外的なことである。そして、審査請求したソフトウェア特許出願が権利化される件数はその他の分野に比べて桁違いに低い。特許庁としてもどうしたらいいかよくわからないのが実情なんだろうし、知的財産のあるべき未来を語るのは学者など限られた人たちだけのようだ。

オープンソースからGPLやクリエイティブコモンズなどが発展してきた。これらはインターネットによって情報はもっとオモロイことになるはずじゃん、という共通認識があって、情報共有はその前提である。

知的財産は情報とはなにかを真摯に考えてきた制度である。

特許法や著作権の枠組みが根本的な改変を迫られる可能性がそこに垣間見られている。数億人のインターネット利用者が一つのネットワークでつながっているのだ。

わたしは特許実務のイロハを学ぶとともに知的財産の可能性に心を躍らしている。

最新の情報がネットワーク上にこそ公開されていること、それも見ず知らずのチームが作り出していく情報の価値をいかに扱うかを定めることの難しさ大変さ、そして楽しさ面白さを予感しているのである。

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inspired by
新卒プログラマのころ