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任天堂vsコロプラで学ぶ特許の効力の範囲

バーチャルパッドのUI特許を巡り、任天堂コロプラを訴えたようです。 まだ一次情報が少ないんですが、ネット上ではすでに盛り上がってますね。

まず切り込んだのはkurikiyoさん。

任天堂がコロプラを訴えた根拠となった特許の番号を推理する(栗原潔) - 個人 - Yahoo!ニュース

さすがの速さ。この時点でここまで書くとか、まじ敬意しかない。

こういうエントリもありました。

任天堂に訴えられたコロプラが妙に強気な「真意」を分析してみた | パテントマスター・宮寺達也のブログ

内容はちょっと疑問なところもなくはないのですが、整理としてはこんなとこなんでしょうか。

特許権の効力の範囲の考え方

せっかくなので、特許解釈的にもうちょっと突っ込んだところを書いてみます。ただ、色々と推測や仮定に基づくので、本事件の行く末を占うものではなく、あくまでも推測と仮定に基づく、特許の効力の範囲の考え方についての仮想的な思考実験です。

任天堂コロプラを訴えたのがどの権利に基づくのかわからないんですが、ここではkurikiyoさんが挙げたもので考えます。私もちょっと出願人「任天堂」で、DB叩いてバーチャルパッドのUI特許のIPCで300件くらいに絞ってざっと眺めたんですが、他にこれは、というのはすぐにはみつかりませんでした。

ぷにコンがどういうものなのかとか、任天堂が想定していた典型的な実施例はどんなものなのかというイメージは、こことかでなんとなく掴めます。

特許請求の範囲

特許権の効力の範囲というのは、基本的には特許文書における特許請求の範囲の記載に基づいて定まります。特許法70条です。

(特許発明の技術的範囲)
第七〇条 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。

特許法

本特許の特許請求の範囲の記載はこうです。

【請求項1】
 所定の座標系に基づいて,プレイヤの操作に応じて指定される座標情報を出力するタッチパネルによって操作されるゲーム装置のコンピュータに実行されるゲームプログラムであって,
 前記タッチパネルがプレイヤにより座標入力されていない状態から座標入力されている状態へ変化し,その後,座標入力されている状態が継続するときに,前記コンピュータに,
  前記変化したときに前記タッチパネルから出力される座標情報に基づいて,前記座標系におけるゲーム制御を行うための基準座標を設定する基準座標設定ステップと,
  前記座標入力されている状態が継続する間に前記タッチパネルから出力される座標情報に基づいて,前記座標系における指示座標を設定する指示座標設定ステップと,
  前記基準座標から前記指示座標への方向である入力方向および前記基準座標から前記指示座標までの距離である入力距離に基づいて,ゲーム制御を行うステップであって,前記指示座標が前記基準位置を中心とした所定半径を有する円領域からなる制限範囲を逸脱したときには,指示座標が前記制限範囲の外縁部にあるときの入力距離に基づいてゲーム制御を行う,ゲーム制御ステップとを実行させる,ゲームプログラム。

下線部は、権利化後に訂正されたことを示しています。

この特許はバーチャルパッドのUI特許と考えられますが、権利を主張できるのはバーチャルパッドのUI特許全般ではなく、ここに書かれた範囲内です。「てにをは」や句読点に至るまで、一言一句、この記載に基づいて権利範囲を解釈し、少しでも外れているところがあれば権利侵害にならない、というのが特許の考え方の原則です。

包袋禁反言

ところで特許権利化の過程では、まず特許庁に特許出願をすると、これは特許にしませんよ、という拒絶理由通知というのが挨拶程度にだいたい来ます。それに対して出願人はだいたいなんらかの補正をするとともに、こういう風に補正したから特許にしてね、と反論するわけです。この反論の過程で述べたことは、権利範囲の解釈において考慮される、ということになってます(包袋禁反言、禁反言の法理、file-wrapper estoppel)。これは特許法に規定があるわけではありませんが、信義誠実に基づく判例上、解釈上の原則です。

それでは、この特許の形成過程をみてみます。これも特許庁のDBでみれます。以下URLの登録番号のリンクから特許文献の画面を開くと、右上に「審査書類情報」というのがありますが、これです。みてみます。

特許庁の公式特許データベース・プラットパット

やっぱりきてますね、拒絶理由通知。特許庁はまず、任天堂よりも先に出願されていたセガ(特開2002-000939号公報)と富士電機( 特開平11-110134号公報)の先行文献を引き合いに出して、これを組み合わせたらできるからダメ、といってます。

セガの特許出願には、タッチパネルの操作によってキャラクタの動きを制御するゲームが記載されていて、富士電機の特許出願には、タッチパネル上の任意の位置に指を触れて動かしたときに、その動きに応じてマウスと同様の入力を行うことが記載されています。

これに対して任天堂がどう反論したかというと、「確かに似てるけど、この先行文献はタッチパネル上でマウスと同様の入力をしようとしてるやつじゃん。ウチのはタッチパネル上で、マウスじゃなくてジョイスティックと同様の入力をしようとしてるんすよ。だから違うんすよ。特許にしてよ」といってます。この反論が認められて特許になってます。

つまりここで、任天堂は、タッチパネルを使ってマウスと同様の動きをするものを権利範囲から意識的に除外して、ジョイスティックと同様の動きをするものに限った、と考えられます。

ということはどういうことかというと、コロプラのぷにコンが、例えば「マウスと同様の動き」であるか「ジョイスティックとは違う」ことを説明できれば、任天堂特許の権利侵害にはならない可能性がある、ということです。

明細書の参酌

で、ぷにコンですが…これ、ジョイスティックなんかな?

ちょっとよくわかりません。ジョイスティックっちゃあジョイスティックのような気もしますが、UIというかUX(ユーザ体験)としては、ジョイスティックとは違う気がします。ビローンて延びるからです。ジョイスティックはビローンて延びません。延びるのもあるかもしれませんが。ジョイスティックのレバー部分がモチかゴムみたいに延びるみたいなの、あるんかな。知らんけど。

似たようなもんちゃあ似たようなもんですが、マウスとジョイスティックが違う程度には、ジョイスティックとぷにコンも違うような気がします。ですが、なんか違う気がしても、ぷにコンが技術思想として任天堂特許の仮想ジョイスティックを利用してるなら権利侵害は権利侵害です。そこで立ち返って、特許請求の範囲の記載を改めて読んでみます。

この特許請求の範囲、権利化後に訂正が入ってるのですね。これはあやしいです。突っ込みどころがありそうです。訂正で追加限定されたのは以下の部分。

前記指示座標が前記基準位置を中心とした所定半径を有する円領域からなる制限範囲を逸脱したときには,指示座標が前記制限範囲の外縁部にあるときの入力距離に基づいてゲーム制御を行う

これは何をいってるのでしょうか。わかるようなわかんないような感じです。 特に「所定半径を有する円領域からなる制限範囲」がよくわかんないですね。制限という言葉がいきなり出てきました。制限範囲?なにを制限してるの?レバーの動き?入力値?もっと他の何か?何?

で、こういう、特許請求の範囲の記載だけでわかんない場合はどうするかというと、明細書の記載をみます。これも権利範囲の解釈において考慮することになってます。法律的には、さっきの続きで特許法70条2項です。

第七〇条
2 前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。

そこで、「制限範囲」という用語の意義を解釈するために明細書をみてみます。ここでしょうか。

【0061】
本実施例では、原点の周辺にジョイスティックのレバーの倒し具合を機械的に止める枠に対応する制限範囲を設け、制限範囲の外縁部がタッチ操作されるとジョイスティックを限界まで倒した操作として取り扱う。そして、上記制限範囲を逸脱したタッチ操作は、制限範囲の外縁部への操作と同等に扱われる。つまり、原点に設けられる制限範囲の外縁部が、スティック座標系の「1」と見なされる。したがって、ratio=1/Rに設定される。ここで、Rは、タッチパネル座標系における制限範囲の半径である。

なるほど。ゲームをやるときというのは、ユーザはだいたいキャラクタをみてます。自分の手元はみません。ここで、まずは物理的なジョイスティックを使う場合を考えます。この場合、レバーを掴んで、ガチャガチャと動かしたい方向いっぱいに倒す、という動作は想像できます。これが可能なのは、物理ジョイスティックの場合、手元をみないでレバーを目一杯に動かしても、可動する外縁部分で物理的に止まり、レバーがジョイスティックの物理的範囲を逸脱することがないからです。

それでは、これをそのままタッチパネル上の仮想的なジョイスティックでやったらどうなるでしょう。タッチパネルというのは基本的に平面ですから、キャラクタをみながら仮想ジョイスティックを操作していたら、指がジョイスティックの外縁から出てしまう、ということはありそうです。物理ジョイスティックの動きをそのまま模したとすれば、指(レバー)がジョイスティックの外縁から出てしまった場合は、「操作入力がなくなる」のがスジです。でもそれだと仮想ジョイスティックとしては操作しにくいので、本件特許では、指(レバー)がジョイスティックの外縁から逸脱した場合には、指が外縁部分にあるものとして制御するようにした。なるほどこの制御は、物理ジョイスティックをただ単にタッチパネル上に置き換えて実現したわけじゃない、タッチパネル上で実現したいからこその工夫といえそうです。なるほどなるほど。この特許発明の本質(発明の要旨)は、この工夫にあるといえそうです。
特許請求の範囲において突如現れる「制限範囲」という用語の意義も、この実施形態を参酌すれば、「レバーの動きを制限するための枠」と考えればスジが通りますし、最初のタッチ位置を基準点とし、その基準点から指の位置が離れるに従って入力値が0から増えていくものの、所定半径の円領域を外縁とし、この外縁部分での入力値を1として、この1を最大値としてこれ以上増加させないように入力値を制限する、ものだと考えると、スジが通ります。

それでは改めて、ぷにコンですが…これ、そういう動きしてるんかな?

白猫プロジェクトを触ってみます。タッチパネルの任意の場所に指でタッチすると、まず、触った点を中心とした白い半透明の円が現れます。そして、この円内で指を動かすと、中心点から指の方向に向かってキャラクタが歩きます。円内で指を動かす分には、中心点から指までの距離に関わらず、歩く速度は一定のようです。指が中心点から離れれば離れるほど歩く速度が速くなるわけではなさそうです。ふむふむ。そして、この円から指が逸脱すると、、、タッチ部分が光ったみたいになるともに、円がモチのように指のタッチ位置までぷにっと引っ張られるように変形し、キャラクタの動く速度が速くなって走り始めました。

ふーむ。これ、どうなんですかね?

このぷにコンの半透明の円を任天堂特許でいう「所定半径を有する円領域からなる制限範囲」だと考えるなら、指が円から逸脱した場合に指が円の外縁部分にあるものとして制御している…のではなく、円から逸脱したことによって、円内とは違う入力を行うように制御している、ようにもみえます。だとすれば、ぷにコンは、任天堂特許を踏んでない、といえそうです。

任天堂特許の本質が、実施形態に書かれた通りの、円領域である制限範囲における中心点を0とし、外縁部を1として、円内における指の現在位置と中心点との距離に応じて0から1の範囲内で入力値を設定し、円から逸脱した場合には1として取り扱う…という場合に限って解釈でき、かつ、ぷにコンの実装が、円領域内においては中心点から指までの距離に関わらず方向のみによってキャラクタの移動方向に向かって一定速度で歩く指示入力が行われ、円領域から逸脱した場合には一定速度で走る指示入力として制御する…ということなら、コロプラが「権利侵害してない」という主張は、正当なんじゃないでしょうか。

ただ、議論の余地はあります。

任天堂からは、いやいや特許請求の範囲には別に円領域である制限範囲が表示上のジョイスティックの円であるなんて書いてないじゃないか、ぷにコンだって、制御としては半透明の円から逸脱した円状の領域を想定して制限範囲の外縁部として考えれば同じことだよね?とか、ぷにコンだって、「歩く」と「走る」の2値しかないとしても「歩く」よりも速い「走る」を制限値としてるじゃないか。とか。とかとか。

これに対して、コロプラからは、いやいや、別にぷにコンは矩形上の画面いっぱいに延びるし、単純に中心点からのベクトルでやってるんで「円領域からなる制限範囲」なんて存在しないっすよ。つうか、わざわざ「ポインティングデバイス」を「タッチパネル」に訂正したのは、やっぱり権利化のときの主張通り、物理ジョイスティックを仮想的に実現することの工夫に限定したってことですよね?ぷにコンは物理的にはありえない、ソフトウェアでしかありえない操作子で、ジョイスティックとは技術思想が全く異なるんですよ。とかいえるんじゃないかなとか。とかとか。

というわけですが、

実際にはそもそも任天堂がどの権利を主張しているかわからないし、ぷにコンがソースコードレベルでどういう実装になってるのかも知りません。

ただ、単に「大任天堂様に歯向かうなんてコロプラってバカだよなプゲラ」、というだけの話でもないのかもしれませんね。