読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

It's Not About the IP

- IP(Intellectual Property), Computer Technology, Ocean Life, Triathlon, and more

Culture First(、Money Second)

知的財産とプログラム

inspired by

Culture First
「iPod課金」は「文化を守るため」――権利者団体が「Culture First」発表
Culture First はこんなにすばらしい権利者団体です。

まずは、そもそも論から。

知的財産権の話というのはどうにも腑に落ちないことばかりなんだけど、その根本には、俺の考えたこと勝手にマネすんじゃねーよっ!というケチクサさがみえてイヤーな気持ちになることがあると思う。しかもそういうことを言うのがそれなりに尊敬していたりスキだったりする芸術家や科学者だったりすることがあって*1、賢そうな政治家や法律家は大体が当たり前じゃん対価を払えよ一般ピープルども、みたいなスタンスですから、偉そうなふうにみえちゃってリクツはともかく一般ピープルとしては腑に落ちない。

こういうときにクリエイタ側の主張としてでる伝家の宝刀は、だって対価くれないと飯くえないじゃないか、ということになっていて、これを言われると、うーん、そうかもー、と思うことになっている。

この気持ちは、小学生の頃に学校で道徳の授業があって(今考えると「道徳の授業」ってスゲエな)、森林伐採は温暖化するし地球を壊すから良くないっ!といって、でも東南アジアかなんかそのへんの人たちは、でもそうしないとボクたちはご飯を食べれないんだよ・・・みたいな話があって、そうなのかあ、じゃあしょうがないかもしれないなあ、と思ってシュンとした気持ちに似ているけど、このときもやっぱりシュンとはしたけど腑に落ちなかった。

収入の最適化

そういう主張をする音楽家だったり画家だったり小説家だったり映画製作会社だったりって、だいたい市川団十郎のような芝居役者にとってネットがどんだけ収入に影響があんのかってものすごくナゾで、こういう人ってまあどっかの広告会社とかの付き合いでやってんだろうとは思うけども、ネットでバンバン作品が流通しちゃったら本当に飯くえないんだろうか?という問いに対する答えは、もうほとんどNOで正解、ということで結論付きつつあると思うけど、要するに、年収3000万だった人が年収300万になる(場合もある)とかそのくらいのことを以て食えなくなるといってるんじゃないのか、という懐疑がある。

文字通り食えなくなるわけじゃあなくて、減る人もいるし増える人もいる、それはむしろウェブ時代の収入に最適化されるだけなんじゃないか。しかもそれは、メディアとかの計算された扇動を超えた、本当にカッコいいもの、まあまあカッコイイものにそれぞれ相当の対価が流れていくための最適化だ。

これはすばらしいことじゃないか。

だいたいオリコンとかみてるとなんでこれが売れるのかわかんねえ、まあ9割はフツウにダサい音ばっかりでガッカリしちゃうけど、あんなダサい音で億とか稼いでる方が異常だ。本来の価値との開きがかなりあって、バブルだ。

ちょっと違うけどパッといま思い出したのは、私、たまにルミネtheよしもとに行くんだけど、テレビでは過剰にみるけど舞台でみるとそんなにオモロイわけでもない人ってやっぱりいて、そういうときバブルだなあと思う。

ても彼らがテレビにでなくなったら食えなくなるのかというと多分そうではなくて、舞台の出演料とかでフツウに食えるくらいには稼げるだろう、つうか食えないとしたらそれはやっぱりバブルな一部の人が異常に過剰に儲けていて、最適化されていないからなんじゃないかと思ってしまう。

世界規模でみて、ちゃんと労働してるのに正当な対価が得られない、という人がいるのは、労働に対する相当な対価を超えて異常に過剰に稼いでいるやつがいるからなんだよ。

で、文化って

ウェブ時代の収入のあり方に多分最速で最適化されていると思うのはウェブカルチャーに一番近いところにいるプログラマという職業で、昼間はフツウに会社でプログラムかいて、アフターファイブのオープンソース界で頭角を現した実力者が名声を得ていく、という、バブリーにエゲツなく稼ぐやつがいないぶん、みんなそれなりに食えてるという文化はけっこうImagineだし雨ニモマケズでピースなんじゃないかと思う。

松尾スズキが、俺って演劇があったからそれなりに食えているけど、生まれた時代がもし原始時代とかの頭が良かったり運動神経が良かったりする「全うな実力」がなかったら生きていけない時代だったとしたらソッコウで飢え死にしてるタイプの人間だと思う、ということを言っているけど*2、文化って、そういういろんなタイプのいろんな能力の人がちゃんとまんべんなくメシ食えるっていうことだと思う。私は、松尾スズキの演劇がスキで、劇はやっぱり現場でみたいし、ネットでみたって私はそこに金を払って行くだろう、というか行っているしあの空間に集まる人っていうのは大体そうだろう。

と、いうわけでいまのところの最適解はやっぱりCreative Commonsだと私は感じている。
MIAUは面白いけど、白田秀彰さん*3が抜けてしまうというのはなんか致命的だ。まともに法律の話できる人がいない団体の言うことって一般ピープルは求心できても法律家には舐められる。この人を抱えきれないんだとしたら、それがMIAUの限界だ。
Culture Firstはハズレっぽい。
知的財産が「おたから」であるのは誰も疑っちゃいない。でも、いまこの瞬間のカネの流れを保とうとするのは、イージーな思考停止でしかない。こういうところにでてくる人たちが過剰に稼いでいるカネが、がんばってるのにまともに食えてない人に回っていくことを促すのがウェブの効用というか地球の意思で、文化なんだと思う。
そうだ、情報技術は、格差問題とか環境問題とかファックな資本主義とか戦争とかそういうのひっくるめて解決するためにでてきたImagineでピースな地球の意思だとけっこうホンキで思ってるんだけど、それについてはまた今度かこう。

                                  • -

2008/3/2 追記
かいた。

*1:私は谷川俊太郎の文章をけっこうスキだけど、学校の入試に勝手に使われてムカツク、みたいなことを言い出したときには直感的に引いた。

*2:多分なんかの本でよんだんだけど何で読んだか忘れたので、ニュアンスが違うかも知れないけどこんなような感じのことを言っていたような気がする。

*3:いまたぶん、日本では最もわかってらっしゃる法律家。