It's Not About the IP

- IP(Intellectual Property), Computer Technology, Ocean Life, Triathlon, and more

アメリカ知財法の歴史とかをざっくり

調べてみたことをまとめておきます(自分用のメモとして、ソフトウェア周り寄りで)。

黎明期

1620年ピルグリム・ファーザーズがアメリカ到着
// ・1623年、イギリスにできた独占禁止法的なもののなかに、独占禁止の例外として特許を規定。これが特許制度の元祖。
1641年、まだアメリカ独立前のマサチューセッツ植民地の自治法的なもの(the Massachusetts Body of Liberties)の中に、イギリスの規定を参考に特許制度が組み込まれたのがアメリカ初
// ・1710年、イギリスにて、著作権法の元祖といわれるアン法(Statute of Anne, Copyright Act 1709 or Copyright Act 1710)制定
・その後、各地の法制度内でそれぞれ特許制度とか著作権制度なものができたけど、各地で許可手続をするのが面倒すぎてうまく機能してなかった
1773年ボストン茶会事件
1775年アメリカ独立戦争George Washington (初代大統領) が総司令官に。
1776年アメリカ独立宣言。Thomas Jefferson (3代大統領) が起草。
1783年、作家で辞書編集者の Noah Webster("アメリ著作権法制の父") の尽力によりコネチカット州にて近代的な著作権法An Act for the Encouragement of Literature and Genius)制定
憲法つくるときには、国内全体で統一したIP制度の必要性が増していた。Noah Webster なんかがロビイ活動をしまくる
James Madison (4代大統領) が起草した憲法内にIP条項(著作権&特許)を組み込む。Thomas Jefferson は独占に反対していたらしい
1788年憲法批准
US constitution Article I Section 8 Clause 8

Article I
 Section 8 Enumerated Powers
  Clause 8 Intellectual Property
[The Congress shall have Power] To promote the Progress of Science and useful Arts, by securing for limited Times to Authors and Inventors the exclusive Right to their respective Writings and Discoveries.

発展期

1790年、初の特許法制定。Thomas Jefferson を長とする審査委員会を結成。3件の米国特許がうまれる。初の特許は肥料の製造方法。アメリカ初代大統領の George Washington が特許にサインした。
 同年、初の著作権法制定(Copyright Act of 1790)。Noah Webster が寄与した。この時は著作権の保護には登録が必要だった。
1791年に33件、1792年に11件、1793年に20件が特許される。
1802年特許庁設立。
1836年、現代特許法(The Patent Act of 1836)制定。特許番号制始まる。
1842年特許法にて意匠の保護を規定
1881年、商標法(Trade-Mark Act)制定
//・1884年、パリ条約発効
// (参考)知財系条約への参加国リスト
//・1886年ベルヌ条約発効。アメリカは100年後まで参加せず。
1887年、パリ条約参加、パリ万博参加
1946年現行商標法制定(Lanham Act、USC15 Chapter22)。
1947年現行著作権法制定USC17)。
1952年現行特許法制定(The Patent Act of 1952、USC35)。
 同年万国著作権条約発効。原加盟国として参加。

活用期

1976年著作権法にアイデア・表現二元論 (Idea-expression dichotomy, Idea-expression distinction) を規定

17 U.S.Code §102日本語訳

(a)Copyright protection subsists, in accordance with this title, in original works of authorship fixed in any tangible medium of expression, now known or later developed, from which they can be perceived, reproduced, or otherwise communicated, either directly or with the aid of a machine or device. Works of authorship include the following categories:

(b)In no case does copyright protection for an original work of authorship extend to any idea, procedure, process, system, method of operation, concept, principle, or discovery, regardless of the form in which it is described, explained, illustrated, or embodied in such work.

 同年、 Bill Gates による "An Open Letter to Hobbyists"
1980年著作権法改正(Computer Software Copyright Act)によりプログラムを保護対象に
 同年、Bayh-Dole Act
 同年、Diamond v. Diehr判決。ソフトウェア要素が含まれるからといって全体の特許性が否定されるわけではない。
 同年、Diamond v. Chakrabarty判決。"anything under the sun that is made by man" can be patentable.ちなみにDiamondは当時のUSPTO長官の名前。
1982年、CAFC設立(Court of Appeals for the Federal Circuit, 連邦巡回区控訴裁判所)
1985年レーガン政権下で John A. Young“Global Competition: The New Reality”(通称ヤング・レポート)発表(原文PDF)。
 同年、MIT License (no patent clause) drafted
1988年ベルヌ条約に加入。
 同年著作権法改正。無方式主義の採用。
 同年BSD License (no patent clause) drafted
1989年、GPLv1 (no patent clause) drafted
1995年、TRIPS協定発効、参加。
1996年、USPTOによる Final Computer Related Examination Patent Guidelines発表
1998年DMCA (Digital Millennium Copyright Act/デジタルミレニアム著作権法)制定。
 同年、State Street Bank判決
2002年WIPO著作権条約発効、参加。
2004年Apache-2.0 (w/ patent clause) drafted
2007年、GPLv3 (w/ patent clause) drafted
2010年、Bilski判決 アンチパテントへの転換
 同年、 Jacobsen v. Katzer 和解。CA地裁はOSSライセンス違反をライセンス違反であっても著作権侵害ではないと判断。CAFCはこれを覆し、ライセンス条件違反であり著作権侵害でもあると判断し、OSSライセンスは enforceable copyright conditions であるとした。また、OSSだからといって回復不能の損害がないとはいえない(→ライセンス違反は仮差し止めの対象となり得る)とした。 CAFC2008判決Wikipedia米国弁護士コラム弁護士による日本語解説pdf
2011年、AIA 特許法改正 先発明主義から先願主義への移行
2014年、Alice判決

その他、参考リンク等

The Forgotten History of the Intellectual Property Clause (2021) Jacob R. Weaver, The Federalist Society
Patents / Thomas Jefferson Foundation
Milestones in U.S. patenting / USPTO

憲法との関係における知的財産制度について(pdf)
https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/3483

第1回:基本~米国特許法及び米国憲法の関係~(2017年7月19日)
http://beikokupat.com/us-patent/number1/

米国(アメリカ)の知的財産法(pdf)
https://www.bizlawjapan.com/wp-content/uploads/usa_chizaihou_01.pdf

Unfair Competition Law

USC 15 §45 Unfair methods of competition unlawful
USC 27 §205 Unfair competition and unlawful practices

Trade Secrets law

UTSA(The Uniform Trade Secrets Act)
18 U.S.C. § 1831 18 U.S. Code § 1832

(メモ)
アメリカにおける特許制度、著作権制度の根拠は憲法にある。憲法にあるからといって人格権的な性格をもっているわけではなくて、州法ではなく連邦法で規定しますよということ。アメリ憲法に人格権的、基本的人権的な思想が入ってくるのは修正以降で、初期の憲法は基本的に経済的安定性のためにつくられた(同僚のアメリカ弁護士談)。

サブ3達成&カリフォルニアで出たレース

週末に走った Revel Big Bear というレースのフルマラソンでサブ3を達成したので記録として。アメリカに来てから1年半で出たレースたちのURLを後半に羅列しておきます。

スペック

2018年はなももの3:07がこれまでのPR。当時のレポートはこちら。自己ベストのことを日本ではPB(プライベートベスト)といいますが、アメリカではPR(Private Record)というようです。
100マイル(UTMF2022)完走経験あり。トライアスロンアイアンマン(台湾2016&カリフォルニア2022)完走経験あり。

SF Marathon〜CIM

アメリカ・カリフォルニアで暮らし始めたのが1年半くらい前の昨年の5月。なにはともあれアイコニックなレースに出ようと思ってまずはサンフランシスコマラソンを走りました。(詳細はこちら

アメリカにいる間にフルマラソンのサブ3と、100マイル(ウエスタンステイツ)完走を目指したいと思っていました。これまでフルマラソンのために距離を稼ぐ練習はしていなくて、月間走行距離とかどうでもいいよと思っていたんですが、サブ3目指すならそれなりに距離積む練習もしないといけないのかなということで、1日おきの朝にコンスタントにインターバルをやってました。カリフォルニアでは12月のCIM(California International Marathon/カリフォルニア国際マラソン)がPRを狙う王道レースのようで、私もそれを勝負レースに設定して練習。アメリカ暮らしは初めてで朝とか夜とかに外を走っていて良いものなのか(危険じゃないのか)わからなかったので、最初のうちはアパートについてるジムのトレミルをひたすらやってました。設定は忘れたけど、3分ダッシュ+3分ジョグを10回まわして計1時間という感じ。けっこうヘロヘロになるくらいの速度設定でやってたと思います。1日おきの間の1日の朝は休憩ではなくて、体幹トレというか自重トレというかカリステニクスというかそういうのとストレッチをやります。夜だと日によって時間がとれなかったりするので、朝に目覚ましも兼ねて小一時間トレーニングするのを毎朝のルーティンにしました。

↓カリステはこういう5-10分くらいのトレーニング動画を4本くらい続けてやって、その後にチンニングマシーンで懸垂とかやって小一時間という感じ。


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それなりに実力ついてるような気がしてたんですが、CIMで撃沈、3:11。下り基調と聞いていて、まあスタート地点とゴール地点の標高差をみたら確かにそうなんですが、けっこう登ったり下ったりさせられます。登るのまじニガテ、というのを痛感しました。

シンスプ発症〜Napa Marathon

うわーダメじゃーんということで、少し先の Napa Marathon を勝負レースとして再設定、その1か月前の San Francisco Half Marathon を調整レースとしてエントリ。SF Halfでの85分切りを目標にします。1日おきのトレミルでのインターバル練習は始めた頃より速く長くこなせるようになってきて、いけそうな気がしていた…、んですが、レース1週間前くらいに、信号かわりかけの横断歩道を渡ろうと小走りをした瞬間に、左足のスネにビキっと激痛。なんぞこれ。気にしない気にしない、と思ったんですが気にせざるを得ないくらい痛い。ここから1週間は完全休養して毎日タイガーバームを塗りたくったんですがどう考えても痛い。そのまま迎えたハーフ当日、身体の調子が悪いときとかって本気レースを本気で走ると不思議と痛みが消えたりすることあるよね~となるのを期待して参加。したら、ぜんぜん痛い。やばい。無理無理。と思ってDNFしました。2011年に湘南国際で初めてのマラソンを走ってからけっこう沢山のレースに出てきましたが、これが初のDNF。スネの痛みは重めのシンスプリント。治療法は休むしかないみたいなので、休みました。残念ですが全然痛いので Napa MarathonDNS

練習再開

走るとスネが痛いんですが、自転車なら大丈夫そうだったのでSFハーフの後は自転車こいでました。3ヶ月経過したくらいから恐る恐るトレミルをやってみるがやっぱり痛い。しかし何かの拍子に外をちょっと走る機会があって、痛くなかった。あれこれひょっとしてトレミルのせいなのでは…?と思い、無理しない程度に外を走るように。2023のゴールデンウィークで日本に帰った際に、ノリで箱根外輪山ナイトランを決行。スネに多少の違和感と体力の衰えは感じたものの痛みは出ず、復活の予感。

カリフォルニアに戻ってから調子乗ってその直後の100kトレイルQuicksilverにノリでエントリ。しかしレースはめっちゃ暑くて熱中症になり、それをカバーする体力もなく人生2度目のDNF。まずい。「負けは癖になる」とはよくいわれますが、負けが癖になっているのを感じる。

そのすこし後の夏の初めに、サンフランシスコの人気で抽選のトライアスロンレース、その名も Escape from Alcatraz に当たって参加。なんとか完走したとともに、街をあげたお祭りという感じですごく楽しかった。ベイエリアで一緒に走ったりしてもらっているラン仲間も応援しにきてくれて、とても嬉しかったです。ありがとうございました。この頃からまた、イジけてないで練習するかー、という気が起きてきた。

シンスプが出たのはトレミルばかりやっていたせいだと思っていて、普通に走るのとはちがくて筋肉や身体の使い方のバランスが偏って変な負荷がかかってるのかなと。この頃はもう1年くらいカリフォルニアに住んで、気を付けるべきことに気を付ければ早朝に外を走るのも危ないわけでもない、というのが実感としてわかってきたのでトレミルはやめて外での朝ランを開始。近所の公園にて周回で外周り1周1700mくらいと内周り800mくらいの周回コースを勝手につくって、外回りダッシュ(3:50-4:50/キロくらい)と内回りジョグ(5:30-7:00/キロくらい)のインターバルを5セットで1時間くらい。これを1日おきにひたすらやってました。

間の1日のカリステニクスも続けています。シンスプで本格的な練習は半年近くやっていなかったことになりますが、今のところ痛みは再発していません。

Revel Big Bear

アメリカではボストンマラソンにすごく権威があって、それなりに厳しい認定タイムを超えないと参加することができません。そのタイムを超えたことをBQ(Boston Qualify)と呼んでいて、アメリカの市民ランナーの間ではBQタイムをもっている、ボストンマラソンを走ったことがある、というと尊敬されるらしいです。私はCIMで満足いくタイムではなかったもののそれなりに余裕をもったBQではあったので、参加するつもりでした。でしたが、なんと気付いたら参加申込期間が終わっていました。かなしい。うわなんかやっぱりまだ走ることのモチベーションが戻ってないんだなーというのを実感し、半ばヤケクソで何かレースでてみるか、と思って探したら、噂にはきいたことのあった Revel というマラソンシリーズの一つが都合良い感じの場所と日程であるのを発見。 Revel は山のロードを1000mとか延々と駆け降りるガチの下り基調の変態レースなものの、ボストン認定もされている正式な?レースです。走れる下りは割と得意だと思ってるので、よしワンチャンこれでてみるか、と。しかしレースに出るにはもうちょい刺激いれといた方が良いなと思い、レース1週間前に Mt. Diablo にいって一日走りました。

良い感じの刺激は入りましたが、しっかり山を走るのは久しぶりだったのでしっかり筋肉痛になり、痛みが引かない。やばいやり過ぎた。筋肉痛は重くても3日経てばだいたい治るという感覚だったのですが、引かない。結局レース当日まで痛みは引いてませんでした。押したら痛いレベル。滑り込みの超回復で脚をつくるつもりが、余計なダメージつくったままのレースに。しかしまあもうやりましょう。やってみましょう。いいながらホントにいけるかどうかも仕事の進み具合によるなという感じだったので、行く気にはなっていたもののエントリしたのは前日。いちおうサブ3を狙います。あえての日本語でかいておいたw

avg4:15min/kmでサブ3。いつも通りのぶっこみスタイルでいく所存。最初からavg4:00かちょっと切るくらいのありったけでぶっこんで、タイム落ちながらどこまで粘れるかの勝負。

当日

スタートは朝6:00。早朝というか夜中の3:30-4:00に Big Bear Mountain 麓の街中から山中のスタート地点までシャトルバスが出ることになっていて、これに間に合うように集合。LA郊外でホームレスもいるようなので、ウィンドウブレイクされないように、貴重品ありませんよアピールで車は窓半開きのまま置いておきました。

カリフォルニアのマラソンとかのレースってやたら朝早いのが多いです。身体おきてないっていうか動かないですね正直。シャトルバスがスクールバスでした。初めて乗った。

今回、たまたま直前に友人にもらったこれをレース前に脚全体に塗りました。

よくわかってないんですけど、攣り防止の塗り薬らしいです。流行ってる?のかな?効果があったのかどうかはよくわからないんですけどあったんだと思います。

スタート

やんわり明るくなってきた朝6時、標高2,000m地点!からのスタート。丹沢最高峰の蛭ヶ岳よりも高いわけですよ、マジいかれてる。スタート直後はけっこう登り下りがあって、登りはニガテなので精神削られてやめたくなったw なんだか身体も重いし数キロすぎたところで時計をみたらavg4:30くらい。ダメだ4:00切るくらいで最初からぶっこむはずだったのに、これからタイムは落ちてく一方なのにこの時点でこの平均。せっかくベイエリアからSoCalまできたのに甘くないわフルマラソン、と心が折れました。しかしまあやるだけやるかー、せめて次回分のBQはここでとっておきたいな、と思い直してなんとか惰性で粘るだけ粘ろうという気持ちに。

15km地点くらい

という感じで走っていたら、15km地点くらいで突然、身体が軽くなって、脚が回り出した。なんだこれ。時計をみたらそこまでの平均Rapは4:30くらいなものの、最新Rapは3:55。なんだこれ。きた。今思えば、高度が下がってきて空気も濃くなってきたのと、時間も7:00くらいになって身体が起き始めてきたのと、最初の上り下りでの心身のダメージが和らいできたのと、が合わさって羽が生えたような覚醒タイム。サブ3はとっくに諦めて消化試合モードに入ってたけど、ひょっとしてこれ、ここからあとavg4:00くらいでやりきれば巻き返してサブ3も有り得るのでは…?という気持ちに。やってみますか。

その勢いでキロ4で調子良く進んでたら前方に3:10のペースランナーがみえてきて、追い越せた。さらにその後3:05のペースランナーもみえてきて抜いた。3:00のペースランナーに追いつければ確実だけど、スタートが混雑しててガンタイムよりも数分遅れた出発だったので、チップタイムでいえばサブ3の射程内に入ったはず。手元の時計も平均Rapが4:30だったのが4:15になってきた。いま追い越した3:05のペースランナーに追いつかれずにやりきれば、可能性はあるはず。

ゴール

"Runners high still legal in all 50 states" という看板をみてフフッと思いつつキロ4くらいをキープしながら駆け下りて、20mileの看板(あと10キロくらい)のところで時計をみたらスタートから2:16経過時点。あと44分で10キロ走ればサブ3。キロ4:20くらいか。疲れてきてこれからペース落ちる気しかしないけど不可能ではない気がする。やるしかない。右ふくらはぎが攣りかけてるし息も切れてきてるけど、やるしかない。24mileの看板がみえてきて時計をみたら2:44経過時点。あと3.5キロくらいを16分。こっから残りキロ4:40くらいでやりきればサブ3か。正直きつい。道もフラットになってきたし。攣って止まったら3時間超える。慎重に慎重に、だが緩まずに。きききつい。粘れ粘れ。…で、3時間まで30秒くらい残して、ぎりぎりサブ3でゴール。

いやー、良かった良かった。わざわざ来た甲斐があった。空が青いし、空気がうまい。

それから

変態ダウンヒルレースでしたが、まあサブ3はサブ3ということで。せっかくなのでサンタモニカ・ベニスビーチの方のドミトリーのユースホステルをとって一泊。良いホステルでした。

www.podshare.com

ベニスビーチで勝利のビールをいただく。

翌朝は日の出タイムにベニスビーチ〜サンタモニカを朝ランししつつ、朝ご飯など。

今のところフルマラソンでこれ以上の記録を狙うつもりはないので、ホームである湘南国際マラソンでサブ3やりたいとは思いますが、とりあえず一区切りかなと。しかしフルマラソンとか100マイルとかアイアンマンとか、身体に良くないのでやらない方が良いと思いますよほんと。感覚的には、年に一度スタンダードディスタンスか70.3のトライアスロンに出るくらいなのが健康的なんじゃないかと思います。

ちなみにアメリカにいる間のもう1つの目標の100マイルの方は、ウエスタンステイツには出てみたいけど、やっぱり大変なので他の100マイルにはどうも触手が伸びなくて、1日で終わる100kに出て参加資格を得てウエスタンステイツが当たるのを待つスタイルでいこうかなと思っています。

アメリカに来てから出たレースたち

■2022/7/24 The San Francisco Marathon

www.thesfmarathon.com

日本にいる時からエントリしてたレース。初レースで勝手がわかりませんでしたが、このちょっと前にベイエリアの日本人メインのランニンググループに参加させて頂き、色々と教えてもらいました。おかげでカリフォルニア生活が一気にカラフルになりました。ありがとうございます。

■2022/8/27 Santa Cruz Trail Run 30k

insidetrail.com ランニンググループの先輩にそそのかされてノリでエントリした30k。アメリカきてから初のトレイルレース、楽しかったです。途中で川を渡るのと、山中に現れるビーチのような?白い砂地のトレイルがハイライト。

■2022/9/4 Crystal Springs 50k

runsignup.com ランニンググループの先輩にそそのかされてノリでエントリした50k。めちゃ暑かった。あまり練習はしてませんでしたが、けっこう走れるなという感触を得た。この辺からトレイル慣れしてきて、週末に一人で山いったりもするようになりました。

■2022/9/11 Ironman 70.3 Santa Cruz

www.ironman.com ランニンググループの先輩に、こんどサンタクルーズトライアスロンあるよ!とそそのかされ、みてみたら2週間前なのに何故かエントリが空いていて、しれっとエントリ。もっと早くに締め切ってたようなんですが、なんでエントリできたのか謎。スイムはサンタクルーズの桟橋をぐるっと囲むように泳ぎます。アシカと一緒に泳げるかなと思ったら近くにはいなかった。でも本当に近くにきたら怖いと思う。

■2022/10/23 Ironman California

www.ironman.com これも日本からエントリしてた。バイクの後半が向かい風で全然進まず、腰が痛くなってヒイヒイいいながら進みました。ランになったら復活し、調子よく走れてランはサブ4。全体で12時間くらいでゴールできました。

■2022/11/14 Berkeley Half Marathon

berkeleyhalfmarathon.com CIMでのサブ3に向けた調整レースとして気合を入れて参加。目標85分!のはずが、アップダウンに調子を狂わされて撃沈。アメリカのレースの洗礼を受けました。

■2022/12/4 California International Marathon

runsra.org そうはいってもやるしかない!と思ってやりましたが、アップダウンにやられて撃沈。すっかり意気消沈するものの、BQの称号をゲット。エントリしわすれたけどなw

■2023/2/5 San Francisco Half Marathon(DNF)

sanfranciscohalfmarathon.org 仕切り直してサブ3目指すか―、と思ってNapaのフルにエントリし、それの調整レースと思ってエントリしたハーフ。シンスプを悪化させてDNF。

■2023/3/5 Napa Valley MarathonDNS

napavalleymarathon.org シンスプが治らずDNS。かなしい。

■2023/5/4 (非レース)箱根外輪山ナイトラン

シンスプで3ヶ月おとなしくしてたので、そろそろええやろーと思って日本に帰ったタイミングで #chiga_jog の皆様と勝手知ったる箱根外輪山でナイトラン。面白かった。復活の兆し。

■2023/5/13 Quicksilver Trail Run 100k(DNF)

www.quicksilver-running.com 箱根外輪山をやり切れたので、調子乗ってエントリ。しかしダメでした舐め過ぎた、練習できてないけど過去の貯金と経験値でやりきれるかと思ったら甘くなかった、そりゃそうだ。これは舐め過ぎたので反省と禊を兼ねて、来年リベンジします。もうエントリしました。今度はちゃんと準備して、しっかり完走します!

■2023/6/12 Escape From Alcatraz Triathlon

www.escapealcatraztri.com 脱獄不可能といわれたアルカトラズ島からサンフランシスコまで泳ぐのから始まるトライアスロンレース。人気レースで、ウエスタンステイツくらい当たらないのかと思ってたら一発で当たった。料金めちゃ高いんですが、参加して良かった。水がまじ冷たくて、ウェットの下に防寒スーツみたいの忍ばせてのぞんだんですが、それでもめちゃ冷たい。いきなり水風呂とか入ると呼吸できなくなるじゃないですか。ずっとあの状態。呼吸できなくてやばい、まじで死ぬかと思った。風波もバッサンバッサンきて何度も海水のんだ。波で先みえないし。これは確かに、夜中にウェットなしで泳いで逃げようと思っても無理ですわ。

■2023/7/5 San Lorenzo River Trail Run 30k

runsignup.com なんとなくノリでエントリしたトレイル30k。昨年でたサンタクルーズのレースと一部被ったコースを逆から走る感じ。楽しかった。

■2023/7/23 The San Francisco Marathon(2回目)

www.thesfmarathon.com もはや勝手知ったるサンフランシスコマラソンの2回目。知り合いも増えて、ホーム気分で楽しめました。知ってる人がたくさんいるとレースは楽しいですね。

■2023/9/3 (非レース)Mt. Shasta 登山

NorCal最高峰・シャスタ山に登ってきました。富士山越えの4061m地点までいったんですが天候も悪くなり時間切れで頂上までいけず敗退。ガチのテン泊雪山登山、めちゃ疲れましたが楽しかったです。リベンジは…、どうしようかな…。

■2023/9/23 Mermaid Run San Francisco

www.mermaidseries.com レース勘も取り戻していくかーと思ってノリで参加。女性向けのレースで男性はノーコンテストですが参加できます。サンフランシスコらしい華やかなレースでした。

■2023/10/1 Rock 'n' Roll Running Series San Jose

www.runrocknroll.com ベイエリアでサンフランシスコマラソンと並んで盛り上がるといわれる?ハーフのレース。ロックンロールシリーズというだけあって沿道でバンド演奏してたり音楽かかってたりするんですが、このちょっと前に亡くなったサンノゼのバンド Smash Mouth のボーカル Steve Harwell の曲もかかっていた。学生の頃すきで聴いてたなあ。謹んでお悔やみ申し上げます。


www.youtube.com

■2023/11/18 Big Bear - REVEL Race Series

www.runrevel.com サブ3!

ソフビ特許問題について思ったことを、知財村から

ソフビ特許問題というのが起きていて、ちょっと調べてみたらとても興味深かったので調べた範囲で思ったことを書いておきます。 ちなみに私は特許の世界でご飯を食べているものの、特許というのは分野で専門が分かれていて(電気/機械/化学とか)、私はソフトウェアの分野のことしか知らないので今回のようなソフビの世界のことには素人です。

この件、色んな人が色んな立場から色んなことをいっていて、知財騒動でよくある誤解に誤解が重なって紐解けばわりとシンプルという類のものかと思ったらそうでもなく、誰も悪くない不幸な事故で、新しい問題を提起している気がしてきました。

ソフビ特許問題とは何か

「ソフビ」という単語を今回の騒動で知りましたが、ウルトラマンとか仮面ライダーとかのソフトビニール人形が発展して、個人の楽しみで作ったり売買したりする世界があるようです。そこでは個人の工夫で色んな仕掛けが生み出されていて、そんな中のひとつの工夫を個人が特許出願して特許になったものの、その工夫は当業者には知られたことだと話題になり、結局は特許権者が特許を放棄することを宣言した(イマココ)という話のようです。

話題の工夫はこれです。特許権者ご本人が解説動画を出されています。ソフビ人形の空洞の中に固定されずに移動する小さな磁石が入っていて、何らかの小道具を外から自由な位置にくっつけて遊べるというアイデアです。

出願人・代理人の視点から

なるほど、面白い!と思いますよね。私は思いました。初めてみた気がしますし、これは先行事例がないなら特許で良いんじゃないの、と思いました。何かが特許になったときに、当業者の方からこんなの前からあるのに、といわれるのはよくあることですし、しかしよくよく考えてみれば特許されているコア部分については確かに以前にはありませんでしたよね、というのもよくある話です。その類の話かな、と最初は思いました。

許可請求項はこうです。

【請求項1】
 内部が空洞の本体と、
 少なくとも一部が磁石に吸着される材質で構成されている吸着片と、を備え、
 前記本体は、
 樹脂材料を成形して構成された外殻を有し、内部に密閉された空間を形成し、
 前記外殻は、
 少なくとも2つの部分を組み合わせて所定のキャラクターの外観を構成し、
 前記吸着片は、
 前記外観が完成した状態において、前記密閉された空間の少なくとも一部分を自由に動きうるように配置された、キャラクター人形。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7336810/D3D6259FC31FB3477C652B8E27C3819EE32AFF821DD9D56FE22809F0ADDCF8F0/15/ja

「少なくとも2つの部分を組み合わせて所定のキャラクターの外観を構成」という限定の必要性はちょっと謎な気もしますが、良い感じに作りこまれている上手い請求項なんじゃないでしょうか。審査過程で一度、進歩性の拒絶理由通知を受けて補正して特許になっていますが、意見書をみてもパッと見では禁反言を突っ込みたくなるような箇所もありません。

特許庁(審査官)の視点から

特許庁の審査過程でそのものスバリの先行文献は見つけられなかったようで、拒絶理由通知には参考文献として特許文献10件が記録されていて、そのうちの2件を引用文献として進歩性の拒絶理由通知が打たれています。

引例1はこれです。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6783746/30A0E4C9417CD01E54AD9ACEC5B4E613E4F6B84F1B29F8306EB1519314AA173A/15/ja

内部が空洞になっているソフビ人形の内部に磁石をいれておき、外付け部品を磁石でくっつけることで、接着剤などの跡が残らないように着脱できるというアイデアです。似てますね。ちなみにこれはこれでしっかり権利化されて存続しているので、こっちの心配もした方が良いのかもしれないですね、わかんないですけど。

この引用文献では内部の磁石が固定されていることに対し、本件特許は内部に磁石が固定されずに自由に移動することで部品の設置位置を移動させることができるから違う、と主張して、その差異が認められて特許になっています。

当業者の視点から

この特許が話題になったことを受け、当業者の方からは、こういうのけっこう前からやってるよー、という声が上がって、こんな記事がでました。ふむふむ。

minimono.net

国産の強力なネオジウム
4mm×2mmをライフル側面に合うように調整したハンドパーツに埋め込むとガッツリ保持
ライフルのネオジウムを固定せずに
中を自由に動けるようにすると
ライフルのどこでも掴む事が出来る

おお、、、ま、まんまですねw このポストが2022/10/21。本件特許の出願日は2022/12/18なので、引例適格性もあります。これで少なくとも請求項1は無効になりそうです。

こ、これも、、、同じですねw 2016年!けっこう前ですね。上記権利化されてる引例1の出願日2017/12/25よりも前なので、これひょっとしてその無効理由にもなりうくぁwせdrftgyふじこ

特許審査において参照すべき先行文献は世界中の全ての言語の全ての公開情報ですが、現実的に調べ尽くすのは無理なので、特許情報が中心になります。最近では特許の引例でブログやツイッターのポストをひかれることもそれなりにありますが、まあ審査官がこれらをみつけられなかったのを責めるのも酷な気がします。

帰結

という経緯を受け、特許権者が権利を放棄する旨の意向を出しました。

何が問題だったのか

この幕引きは、特許側の視点からすると、あまり気持ちの良いものではないです。無効理由がある特許は無効になるべきです。あえて無効にしなくても無効理由がある以上、権利行使できないことは特許法にも織り込み済みです(無効理由の抗弁・特許法第104の3第1項)。そして請求項1は無効になるべきだとしても、他のポイントをコアにして権利が存続する可能性はあるかもしれません。ちなみに放棄したとしても権利発生日(2023.8.24)から抹消日までの権利は正しく残るので、その期間の侵害行為に対しては後からでも権利行使が可能です。

特許がとられてしまったから、もともと同じことをやっていた人もあとづけで特許侵害になってしまうのでは?という心配の声をいくつかみかけましたが、もともとやっていた人には先使用権があって実施できるというのも法に織り込み済みです(特許法第79条)。

しかしまあなにはともあれ、そんな特許があることが気持ち悪いという当業者の方の気持ちはその通りだと思いますし、個人でやってるのにお金と手間をかけて異議申立やら無効審判やらやってられないよというのもその通りだと思います。

これは特許制度の敗北の事例であるか?といえば、、、Yesなんじゃないでしょうか。

今回の件で少し前にあった ゆっくり商標騒動 を思い出した、という見解をいくつかみかけましたが、なぞらえて考える意味がないくらい違うと思います。特許は早い者勝ちですが商標はそうではないし、問題になった特許要件(新規性・進歩性)は客観的ですが、商標の登録要件は主観的(剽窃の意図があったかとか、対象が著名といえるか否かとか)だからです。

ゆっくり商標は放棄で幕を引きましたが、特許を放棄するのと商標を放棄するのは意味が違います。商標は主観的な使用意思が登録・存続要件なので使用意思がなければ登録する理由がないことに対し、特許は客観的に技術的に新しければ意思とは関係なく認められて然るべきものだからです。

特許制度や商標登録制度というのは、けっこうよく出来ているのです。

もちろん、権利化しても使えないからもってても意味ないとか、特許も維持するのにお金がかかるのでその費用払うのがもったいないとか、そういう理由で放棄するならしょうがありません。しかし、皆様に不快な思いをさせてしまったので放棄します、というのは、なんだか釈然としません。それで特許を放棄させてしまうことができるなら、良く出来た特許制度なんか必要ないじゃんということになってしまい、建設的な議論にならないからです。

しかしこういった、特許になったものが当業者には前からやっていたことだったよ、という話は、ソフトウェアの世界では以前からよくされている議論でした。ソフトウェア技術というのは当然ながらインターネットと親和性が高く、またオープンソースとかがあって、特許制度を待たずして技術が公開されているのが当たり前の世界だったからです。蓄積された特許情報の外に現れた広大なインターネットを調べまくれば何らかの先行文献はみつかる、というのがソフトウェア分野の特許でした。逆に情報が多すぎてみつけらないくらいです。

でも今回のはソフビです。そしてみつけるべきだった先行文献は、ツイッターのポストでした。ここまで広がったツイッターは、ソフトウェア分野以外でも特許の引例となりうる情報の宝庫である、ということが証明されました。これはなかなか小気味よいです。特許制度を待たずとも技術が公開される分野はどんどん広がってきています。

そもそも特許制度というのは、みんなが使えるパブリック・ドメインの技術を増やすための仕組みです。特許制度は技術を国に公開する代償として独占権を与えますが、一定期間経過した後は誰でも使えるようにしてみんなで使いましょうという話です。そんな独占権を与えずとも技術が公開される世界で、特許制度が果たす役割は何なのでしょうか。何の役に立つかわからないけど既にあるしやめるわけにもいかないから、なんとなくできるだけ害の出ないように、 muddling through する(なんとかやり過ごす)、ことしかできないのでしょうか。

「プロ・イノヴェイションのための特許制度のmuddling through(1)」田村善之/ 知的財産法政策学研究35号27~50頁(2011年)

オマケ

「内部に入ってるのが磁石じゃなければ本件特許を回避できるのでは」という意見があるようですが、請求項の文言上、内部に入っているのは「磁石に吸着される材質で構成されている吸着片」であって、吸着される側の金属片も含みますので、それでは回避できません。ただし、上述したように、そもそも無効理由があることがわかっているなら、その範囲内で実施するぶんには、もし権利行使されても正当に抗弁することができるので、回避する必要はありません。

知財業界人がカリフォルニアで運転免許を取る方法

知財業界人というのは基本的に新しい物好きのミーハーです。特許も著作権も商標も、その保護対象は要するにありきたりでない何らかのユニークさなのであって、そういった「ありきたりでなさ」を面白がるのが知財業界人の特性だからです。

そしてその「ありきたりでなさを面白がること」を文化的かつ商業的かつ社会的かつ経済的に世界で最も成功させた地域、それがカリフォルニアです。トップに憧れる世界中のエンジニアはシリコンバレーを目指し、エンターテナーはロサンゼルスを目指す。

つまり、全ての知財はカリフォルニアに通ずるわけです。知財の世界で世界を目指すならば、いつかはカリフォルニアで車を運転することになるでしょう。というわけで、最近カリフォルニア・ベイエリアで運転免許をとったので、カリフォルニアで運転免許を取る方法を記録しておこうと思います。

このエントリは、パテントサロンの「知財系 Advent Calendar 2022」に参加するものです。ここまでを読んで、勘の鋭い方はひょっとして、「…知財関係なくね?こいつさては、勢いで参加ボタンを押したもののネタに困って無理矢理こじつけているな?」と思ったかもしれません。正解です。

ゆっくりしていってね!!! - Wikipedia

カリフォルニアの運転免許について書いたブログはたくさん出てくるのでそっちをみてもらえれば良いのですが、それでもこのエントリを書く意義があると思ったことのひとつは、免許をとるとらないについての法的根拠を辿ったものが見当たらなかったからです。知財業界人というのは法律屋でして、法的根拠がわからないというのが気持ち悪かったので、いちおう調べてみたことを調べてみた範囲で記録します。

そもそもカリフォルニアの移動に車は必要か

カリフォルニアといっても広いのであれですが、サンフランシスコやロサンゼルスの都心of都心にいて都心内でしか移動しないというわけでもなければあった方が良いでしょう。電車やバスなんかで移動できるのは都心of都心だけで、ちょっと離れると車がないと不便です。

わりとほんとにこんな感じです。

レンタカー

ちょっとした出張や旅行にはUberLyft使えば足りると思います。Uberって日本にはないし、ちょっと前まではなんかちょっと怖いというか変な人がやってる場合もあるみたいな感じでしたけど、もう全然一般化していて気軽に日常的に使えます。街中やメジャーな観光地や人の多い住宅街なんかではいくらでも捕まえられると思います。

ただ、「シリコンバレー発祥の地」ヒューレットパッカードのガレージとか、

初期アップルでジョブズとウォズの作業場だったガレージとか、

こういうところをちょこちょこ移動して回りたい時にはやっぱり自分で運転する車があると便利ですね。

レンタカーなどでちょこっと運転するだけなら、日本の運転免許があればOKです。…というのはちょっとggると出てきますが、法的根拠を探してみました。これですね。

California Vehicle Code

カリフォルニア乗り物法、って感じでしょうか。ちなみにアメリカは州ごとに法律が違うので、他の州でどうなのかは知りません。

12500
(a) A person may not drive a motor vehicle upon a highway, unless the person then holds a valid driver’s license issued under this code, except those persons who are expressly exempted under this code.

→カリフォルニアでは運転免許証がないと車を運転してはいけません。ちなみに "highway" っていうのは高速道路に限らず一般道のこともいうみたいです。

12502
(a) The following persons may operate a motor vehicle in this state without obtaining a driver’s license under this code:
(1) A nonresident over the age of 18 years having in his or her immediate possession a valid driver’s license issued by a foreign jurisdiction of which he or she is a resident, except as provided in Section 12505.

→でも、カリフォルニアの非居住者で、居住地で発行された免許を持っている人は、運転して良いです。

435
“Nonresident” is a person who is not a resident of this State.

→「非居住者」っていうのは、カリフォルニアの居住者じゃない人のことです。

516
“Resident” means any person who manifests an intent to live or be located in this state on more than a temporary or transient basis. Presence in the state for six months or more in any 12-month period gives rise to a rebuttable presumption of residency.

→「居住者」っていうのは、カリフォルニアに住む意思を示している人のことです。12か月間以内に6か月以上州内に滞在した人は、とりあえず居住者ってことにします。

12504
(a) Sections 12502 and 12503 apply to any nonresident over the age of 16 years but under the age of 18 years. The maximum period during which that nonresident may operate a motor vehicle in this state without obtaining a driver’s license is limited to a period of 10 days immediately following the entry of the nonresident into this state except as provided in subdivision (b) of this section.

→非居住者が12502に基づいて運転できるのは、カリフォルニアに入ってから10日間に限定されます。

→→と、いうわけで、どういうことかというと、日本で発行された免許を持っている人が一時的にカリフォルニアにいる場合、カリフォルニアに入ってから10日間は、日本発行の免許を根拠として運転して良いってことですね。

国際免許証というのは翻訳文的な意味合いで持っていた方が良いかもしれませんが、少なくとも法的な条文上は必要ないということになります。

免許をとる

サンフランシスコ領事館が、「カリフォルニア州法は、「州内に住居を定めた日から10日以内に州政府の発給した運転免許証を取得しなければならない」旨規定しています。」といっています。

カリフォルニア州運転免許証取得情報 | 在サンフランシスコ日本国総領事館

これは、上でみた条文と、もうひとつこの条文を合わせると理解できます。

12505
(c) Any person entitled to an exemption under Section 12502, 12503, or 12504 may operate a motor vehicle in this state for not to exceed 10 days from the date he or she establishes residence in this state, except that a person shall not operate a motor vehicle for employment in this state after establishing residency without first obtaining a license from the department.

→12502、12504に当てはまる人は、カリフォルニアに居住地が確立した日から10日以内は運転して良いです。

→→居住者は、カリフォルニアで取得した運転免許をもってないと運転しちゃダメだけど、カリフォルニアに住んでから10日以内は運転して良いよ、ということですね。逆からいうと、サンフランシスコ領事館がいう通りの「カリフォルニア州法は、「州内に住居を定めた日から10日以内に州政府の発給した運転免許証を取得しなければならない」旨規定しています。」ということになります。なるほどなるほど。

筆記試験

カリフォルニアの居住者が車を運転するにはカリフォルニアでの免許をとらないといけない法的根拠がスッキリしたところで、運転免許センター、通称DMV(Department of Motor Vehicle)にいきましょう。DMVというのは聞き慣れないですが、実は我々の多くがDMVをみたことがあります。

『ズートピア』のキャラクターたちの魅力を紹介!特別映像 | cinemacafe.net

左上にDMVって書いてますね。ズートピアナマケモノが働いていたここがDMVです。アメリカではお役所的でなかなか話が進まない象徴とされる面倒なところなんですね。

ズートピア (字幕版)

ズートピア (字幕版)

  • ジニファー グッドウィン
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それなりの覚悟はしておいた方が良いとは思いますが、私が今回免許をとるまでにお世話になった感じだと、特にみなさん普通にテキパキと働いていたし不満はなかったです。こんな映画とかで笑いものにされちゃったから改善したんですかね。

California DMV

筆記試験は、まあ日本で普通に運転していた方なら、ちょっと問題に解き慣れれば普通に合格すると思います。違和感があるのは赤信号で右に曲がって良いことくらいでしょうか。あと、「事故を起こさないために最も大事なことは、流れに乗って走ること」だと教わるんですね。日本だと制限速度内ならちょっと遅いくらいで文句言われる筋合いないみたいな空気があるように思いますが、アメリカではなんなら標識の速度を超えていても流れに乗る方が大事みたいな雰囲気です。これは実際走っていても感じますね。私が勉強したのは以下。

https://www.dmv.ca.gov/portal/file/california-driver-handbook-japanese-pdf/
カリフォルニア州運転者用ハンドブック(日本語版)。2019年のものですが、たぶんあまりかわらないんだと思います。

RISTAドライビングスクール - 筆記試験練習問題集 - 南カリフォルニア・サンディエゴ運転免許教習
問題集1

カリフォルニア州の運転免許(ドライバーズライセンス)の筆記試験問題 | どんと来い、ロサンゼルス留学
問題集2。やる度に問題が変わってくれるので模擬試験的に何度か試しました。

ハンドブックをひと通り読んで、問題集1をひととおり問いて、問題集2を何度か試してみて、いけそうだな、と思ってからオンライン試験を受けました。一日くらい勉強しましたかね。オンライン試験はChrome限定で、Extensionを使ってインカメラでカンニングしてないか監視されながら受けます。

https://www.dmv.ca.gov/portal/driver-education-and-safety/online-learning-and-tests/

ChromeのExtensionを入れる過程でエラーがでまくって挫けかけましたがなんとかやりきってDMVに行きました。オンラインで筆記合格したことを伝えて、写真とったり視力検査したりなんたらしてペラ紙の仮免許証をもらいます。仮免許証は、正規の免許を持っている人が同乗していれば運転して良いよという免許証です。普通はこれから誰かに同乗してもらって路上練習するわけですね。

実技試験

実技試験は自分の車でいくので、免許をとる前に車が必要です。日本では車を持つのは免許とってからだと思いますが、アメリカでは免許をとるより先に車をもっている必要があるわけです。なんとなくですがさすがアメリカって感じです。

仮免許証では理屈上、試験会場に車を運転していくためにも誰かに同乗してもらわないといけないわけですが、日本の免許もってれば一人で行っても良いみたいな話もネットで調べてたら出てきていて、よくわからなかったのでDMVに聞いてみたら、一人で良いっていわれました。そして実際、一人で行って受けられました。上記の法的根拠からすると、日本の免許を持っていても居住した日から10日を経過した後はダメな気もするんですが、まあこまけえこたあいいんだよってことみたいです。車社会のカリフォルニアでは16歳から運転免許がとれるので、DMVに実技試験を受けに来ているのはそれくらいの子供と同乗者としての親のペアという感じの人が多かったです。こんな感じ。

右の女の子が履いているズボンの柄はなんと、悟空とクリリンです。アメリカでのドラゴンボールの浸透具合は本物で、ドラゴンボールの柄の服を着ている子供というのは街中で本当によくみかけます。先日はサンクスギビングのパレードをテレビでみていたら、練り物の中に突然、巨大な悟空バルーンが出てきてビックリしました。日本の知財、すごいですね(無理矢理)。

試験会場は場所によって難易度が違うといわれていて、私はネットで調べたところでは難しめとされる試験会場が最寄りでした。だからなのか、他の優しめといわれる会場では2か月待ちくらいのところ、1週間後くらいで空きがあって、まあ大丈夫だろと思ってそこで受けました。受けてみて特に厳しいという気もしなかったので、普通に運転してる人が普通にやれば合格すると思います。といいながら私はちょっとナメ過ぎていてフラッと受けに行ったら、道に出て最初の右折で、右折直前に路駐されている車の死角にトラップみたいに潜んでいた出っ張った低い路肩に思い切りヒットして、一発アウトで終わりました。いやーけっこう落ち込みましたね。マジかーと思った。笑えたけどw

しかしまたすぐ1週間後に予約できて、念のためちょっと早めに試験会場に行って1時間くらい周りをウロウロ運転して道に慣れてから試験に臨み、2回目で無事に合格しました。ちなみに一度のアプリケーションで3回まで受けられると聞いていて、3回目まで無料で受けられるのかなと思っていたら、2回目は追加で8ドル払いました。

というわけで無事に運転免許をゲット。実技試験から10日くらいでカードが送られてきました。自由に車を運転できるとやっぱり色々世界が広がります。車だとベイエリアから太平洋側にも気軽に出られるので、日常的にカリフォルニアらしい風景を堪能しながら山を走ったりサーフィンしたりできるようになりました。

それでは引き続き、パテントサロン「知財系 Advent Calendar 2022」をお楽しみ下さい!

adventar.org

Sunset Jesus / Avicii (和訳と解釈)

20代にして世界中のパリピの王として若者を熱狂させ、若くして亡くなった天才DJ、Avicii(アヴィーチー)。

en.wikipedia.org

私も憧れのカリフォルニアに暮らし始めたのですが、カリフォルニアを歌ったAviciiの"Sunset Jesus" がなんだか自分の境遇とも重なるような気がして、アメリカに来て以来ずっと毎日の通勤のテーマ曲としてヘビロテしています。トップに憧れる世界中のビジネスマンはニューヨークを目指し、エンジニアはシリコンバレーを目指し、エンターテナーはロサンゼルスを目指す・・・そんなカリフォルニアに渦巻く夢と挫折、不安と希望。そんな曲の、私なりの和訳と解釈を。


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サンセットジーザス / アヴィーチー

(ヴァース1)
成功するために少し背伸びをしてここにきた
育った街では収まりきらない夢があるんだ
だから愛をくれ、平和を、平穏な気分になりたいんだ
もうやるしかないのはわかってるけど 少し助けてくれ

(ブリッジ1)
カリフォルニア、裏切らないでくれよ
キラキラしてみえるけど 困難ばかりだ
サンセットジーザスが現れた
彼はかつてはウェイターで、今は救世主として路上で小銭を稼いでる

(サビ1)
俺の夢はキラキラしてるけど
ちょっと疲れたし 打ちのめされてる
早くしないと この情熱は年とともに失せていくだろうな
落ち着け 落ち着こう 俺は大丈夫だ

(ヴァース2)
大スターが並んだ看板をバスの窓からみていると
俺があの中の1人に入っていても不思議ではない気がしてくる
だから希望だ、希望をくれ この孤独な旅に希望をくれ
俺はいつかスターになる男だ

(ブリッジ2)
カリフォルニア、がっかりさせるなよ
キラキラしてみえるけど 困難ばかりだ
サンセットジーザスがやってきた
彼はかつてはウェイターで、今は救世主として路上で小銭を稼いでる

Sunset Jesus / Avicii

(Verse1)
Try'na set myself up for the win
Some people got a dream that's so much bigger than the town they're in
So give me love, give me love, give me peace, give me peace of mind
I know that there's an ought to a start and I need a little help with mine

(Bridge1)
California, don't let me down
Seems so golden, but there's struggle all around
Sunset Jesus, came to me
He once was a waiter, now he's a savior making money on the street

(Chorus1)
My dreams are made of gold
My heart's been broken and I'm down along the road
But I know, my dreams keep fading till I get old
Breathe for a minute, breathe for a minute, I'll be okay

(Verse2)
Staring at the billboard from the bus
Looking at the faces, thinking that could be anyone of us
So give me hope, give me hope, give me hope on this lonely ride
Cause I know one day, I will be the one in the sky

(Bridge2)
California, don't let me down
Seems so golden, but there's struggle all around
Sunset Jesus, came to me
He once was a waiter, now he's a savior making money on the street

英語詩は以下から引用しました。
Avicii – Sunset Jesus Lyrics | Genius Lyrics

解釈

詩的な表現というのは捉え方が難しくて、ちょっとggってみても色んな解釈が出てきます。

洋楽翻訳☆お味噌味 - オリジナル歌詞和訳の妄想旅行へ /【歌詞和訳】Sunset Jesus / Avicii - サンセット ジーザス / アヴィーチー : 洋楽翻訳☆お味噌味 - オリジナル歌詞和訳の妄想旅行へ
FISH FROM PAKISTAN WATER / 【和訳】Avicii - Sunset Jesus
ケニー・シュロフのブログ / Aviciiの名曲「Sunset Jesus」を深堀してみる
leoyyyy / Avicii-Sunset Jesus和訳|leoyyyy|note

いやー、どれも良いですね。こういうのは受け取り側が受け取りたいように受け取れば良いのですが、そもそも "Sunset Jesus"というのは「夕焼けのイエス」と直接訳すよりは、アヴィーチーが住んでいたロサンゼルスにある Sunset Blvd という通りの路上でイエスの恰好をしていた路上パフォーマーが "Sunset Jesus" と呼ばれていたことを踏まえると良さそうです。名物的な人だったようで、ロサンゼルスといえば、の Snoop Dogg が彼を見かけた時の動画を残しています。


www.youtube.com

近寄ってきた彼にスヌープが20ドル渡そうとするのを、いやちょっと挨拶に来ただけだから、と断っていますね。彼は俳優を目指してロサンゼルスにやってきて、ウェイターをやって日銭を稼ぎ、いまは路上パフォーマーとしてお金を稼いでいる、という噂があって、これがブリッジ後半の "Sunset Jesus, came to me / He once was a waiter, now he's a savior making money on the street " の部分ですね。俳優としてスターになる夢はかないませんでしたが、単なるホームレスや物乞いでもなく、路上パフォーマーをやっている姿に無念や敗北や哀愁のようなものを感じつつも、地域に溶け込んで愛されながら暮らしている Sunset Jesusにインスパイアされてつくったのがこの曲、と考えると話がつながってきます。

ストックホルムから夢を抱いてロサンゼルスにやってきたアヴィーチーが、まだ成功するかどうかわからなかったころの不安な気持ちを、Sunset Jesusというモチーフを通して語っている…というわけです。

若きアヴィーチーもサンセットジーザスも、自身が育った街では叶えられない大きな夢があって、それを実現するためにロサンゼルスにやってきた。もうやるしかないのはわかってるけど、不安な気持ちに押しつぶされそうなときもある。同じように夢をもってやってきたけどスターになることはなく、路上パフォーマーをやっているサンセットジーザスに、自分の将来が重なってみえたりもしたのでしょう。自分もああなりそうな気がして不安で、焦る。うまくいかないことが続いて年をとっていけば自分も情熱を失っていくだろう、、、いや、そんなことはない、落ち着いて、深呼吸をして、自分はそうならない、大丈夫だと言い聞かせる。成功した大スターをみても、自分とそんなに違うわけではない、いけるような気がする。でも不安。でもやるか。みたいな。

そういう曲だと思って聴いています。

その他の英語の参考文献
What does "Sunset Jesus" by Avicii mean? / https://www.popsongprofessor.com/blog/2015/10/05/what-does-sunset-jesus-by-avicii-mean
Songfacts / https://www.songfacts.com/facts/avicii/sunset-jesus
Kevin Short, West Hollywood’s ‘WeHo Jesus,’ Dies at 57 / https://variety.com/2018/biz/news/weho-jesus-dead-dies-kevin-short-1202652951/

サンフランシスコマラソン2022完走記

サンフランシスコマラソン2022を走ってきたので、記録として。

www.thesfmarathon.com

ソフトウェア業界で働き始めた20年前からカリフォルニア・ベイエリアで働くのは夢というか現実味のない憧れだったんですけど、いろいろタイミングが重なって、幸運にもこないだからベイエリアで働いています。長年の憧れが強すぎていまだに実感がないんですけど、夢なのかなこれは。

まあそれはさておき、先週サンフランシスコでマラソンを走ってきました。いい感じの筋肉痛がきてたので、マラソン走ったのはたぶん現実です。

コース

こんな感じ。

サンフランシスコって坂の街なのでどーしても上り下りあってトータルで500mとか上るのでタイム狙うもんではない気がしますが、なかなかいい感じにサンフランシスコの観光地を回るコースになってます。 ベイブリッジを起点にして反時計回りに、サンフランシスコ湾の埠頭沿い→フィッシャーマンズ・ワーフ→クリッシーフィールド→ゴールデンゲートブリッジ→ゴールデンゲートパーク→ヘイトアンドアシュバリー→チェイスセンター→オラクルパークと、『地球の歩き方』に載ってるような所を通りながらサンフランシスコ北側を一周する感じ。

前半の東側の海沿いは横浜っぽい感じで既視感がありましたが、ゴールデンゲートパーク過ぎた辺りからの後半の西側は、映画やドラマでみたビクトリアンハウスが続いていて、またちょっとサグな感じのところも通ったりして、良い感じの非日常感、お祭り感がありました。

準備

まだまだ生活を整えるのにいっぱいいっぱいでレース用のトレーニングはできてないんですが、健康維持程度の自宅体幹トレは続けているので、完走だけなら普通にできるだろうなとは思っていました。100マイル40時間をやってしまうと、舐めてるわけではないですが40km4時間のレースに距離的なプレッシャーはなくなってきますね。

今回はタイム狙うつもりもないし、サブ4できれば満足かな、なんて思っていたんですが、このレースでサブ3をやった方の話をきくことができて、本番2週間前くらいにうっかりやる気に。準備はできてないのでどこまでいけるかわかりませんが、これまでの貯金は全部だして全力でいってみようかな、という気になってきました。

お祭り感覚の観光気分で、服装はこっちで買ったサンフランシスコのNBAチームのジャージと、こっちにきてからやたらネット広告が出てくるFableticsというところのショーツをかってみました。

shop.warriors.com

https://www.fabletics.com/

あと外国人として一応パスポートなんかは肌身離さずもっていた方が良いだろうな、と思って腰にまくこういうやつをかいました。

それなりにエイドがあるっぽいので、軽量化のためにも水やジェルなどはナシで望みます。

サンフランシスコ北側で前日受付があって、ゼッケンとTシャツをもらいました。ゼッケンは事前に有料で申し込めば郵送してくれるみたいです。

レース

スタートはオークランドにつながるベイブリッジの麓らへん。横浜っ子としてはベイブリッジという名前には親しみが湧きますね。この辺りの公園の雰囲気は山下公園っぽい感じがします。サンフランシスコは夏でも涼しいとはいえ流石に日中は暑いからなのか、一日中道路を占領するのも難しいからなのか、まあそのどちらもなんでしょうが、スタートは朝の5時半。まだ暗い中でのスタートです。

とりあえず突っ込むだけ突っ込んでみるか、ということでスタートはキロ4くらいで入りました。すぐにペース落ちましたけども、ええ。

例年、後半はそれなりに晴れて日差しがキツイときもあるようなんですけど、今回はずっと曇りで、走るには良い感じでした。

この写真はゴールデンゲートブリッジを折り返して戻るところ。ゴールデンゲートブリッジは流石に封鎖しておらず、車道は車がはしっていて、ランナーは両脇の歩道を走ります。この辺りまでは3時間15くらいのペースできてたんでしょうか、反対車線の行きの方たちがサブ4くらいのボリュームゾーンのランナーなのかなと思います。ゴールデンゲートブリッジを渡ったくらいでだいたい半分。

エイドは3キロおきくらいですかね、けっこうありました。水とスポーツドリンクだけなのがほとんどでしたけど、半分こえたすぐあとくらいの2箇所ではグミがありました。たぶんこれ。

www.amazon.com

あと"Runner valve"というのがあって、街中では何箇所か、人の切れ目でコースを分けるところがありました。数分間隔なんでしょうか、はいあなたからこっちー、みたいな。前方を走るランナーと別のコースにいかされるのはコースアウトしてるような感覚になるので、知らないと不安になりますね。

最初キロ4で突っ込んだのが後半は順調にキロ5分半くらいまで落ちて、ぎりぎりサブ3.5くらいでフィニッシュ。

ゴール地点でもまだ曇り。朝5時半からやってるので、フルマラソン走ってまだ9時です。変な感じ。

今後

とりあえずカリフォルニアにいる間にフルマラソンのサブ3と、憧れのウェスタンステイツ100マイルは走ってみたいなと思っています。という辺りを軸として、今後のレース見込みはこんな感じですかね。

2022/10 California Ironman
2022/12 California International Marathon (サブ3勝負レース)
2023/03 Los Angels Marathon
2023/04 Escape From Alcatraz Triathlon(あたれば)
2023/05 Half Moon Bay Triathlon
2023/06 Western States Endurance Run(あたれば)
2023/11 Rio Del Lago(ウェスタンステイツでられなければ)
2024/06 Western States Endurance Run(あたれば)

アメリカの市民ランナーにとっては Boston Marathon に出るのがひとつのゴール的なところがあるみたいで、これに出たランナーはBQ(Boston Qualifier)として尊敬されるようです。一応、自己ベストではBQタイムをもってるんですが、2023年のBoston Marathonにエントリするには昨年9月から今年の9月までにBQタイムを出さないといけないみたいなので、出れるとしても2024ですかね。ちなみに自己ベストのことを日本ではよくPB(Private Best)といいますが、アメリカではPR(Private Record)というようです。

www.baa.org

UTMF2022完走記

4/22~4/24に行われたUTMF2022を完走したので記録など。

コース

こんな感じ

ランニングスペック

初フルは10年くらい前で、PBはコロナ以前の3年ほど前に出したのが3:07くらい。チャレンジ富士五湖100km完走経験あり。トライアスロンアイアンマン完走経験あり。トレイルレースの一番長いのはITJの70kmですかね。

練習

エントリしていたものの、コロナの関係でやるのかやらないのかよくわからなかったのでレースのための練習はしていなくて、いつもの週一のスピ練(茅ヶ崎から江ノ島までのサイクリングロード往復20kmで1分ダッシュ→1分ジョグをくりかえすインターバル)だけやっていた。

こういうレースのやるやらないというのは政治的なこととかお金のこととかが複雑に絡み合うので予測をたてるのは無理だから、発表をまって結果を受け入れるしかないのだけど、3/6の東京マラソンがやる方向で調整しているのをみて、UTMFもやってもおかしくなさそうだなとは思っていた。そんななか3/3にyoutubeで開催方針についてのlive配信があった。結局中止になった昨年も同じような配信があってみたのだけど、そのときとの温度感の違いみたいなものを感じて、これはやりそうだな、と思った。

この時点でトレイルレースのための準備をする気になって、身体に刺激をいれるためとレース感を取り戻すために手頃なレースを探したら、日程的にも距離的にも丁度良さそうな六甲縦走トレイルというのをみつけてエントリして、走った。

ysmatsud.hatenablog.com

ここから週一くらいで山に行きたいところだったけど、なんやかんやでそんなにはいけなかった。鎌倉のトレイルを夜通し走る夜練をやったり、ホームである丹沢の塔ノ岳を走ったりしていて、本番2週間前にはUTMFに挑むためにやり残した宿題と思っていた「箱根外輪左回り・屏風山と飛竜の滝を通るトレイルフルコースを始発で行って日が沈むまでに帰ってくる」をやった。これがわりと普通にできた時点で、UTMFもがんばれば完走できるかもな、とは思っていた。ここからは基本休足。

目標は完走できれば充分ですが、40時間くらいかな。調子が良ければあわよくば36時間くらいでいけるかもしれないなとも思っていた。

足首の捻挫と鵞足炎と浮腫

右足首に捻挫癖があって、昨夏にわりと激しく捻ったのを放っておいたらなんだか完治していないままで長時間走ると痛くなってくる。とか思ってたら右膝のあたりも痛くなってきていて、どうやら足首の捻りを無意識にかばうことからきた鵞足炎のよう。

整形外科にいって相談したら、まあいまさらどうしようもないねみたいな感じ。足首にテーピングをしようかとも思ったんですが、いちいち巻くのも面倒なのでこういうやつを買いました。

薄手のやつは靴下的な感じで履いたまま走れるし、厚手のやつは家で寝るときとかにしておくと翌朝の調子が良い、ような気がする。今回も薄手のやつを履いたまま走りました。捻りかけて捻り切らなかった場面が何度かあったので、これに助けられたと思っています。また副次的な効果として、常に圧迫しているので、浮腫が少なかった。長距離走ったあとにゾウ足になるのはあるあるですが、対処としては物理的に圧迫するのが良さそうです。

宿

茅ヶ崎仲間のおじさんたちとAirbnb富士急ハイランド付近に宿をとって、男子部室の合宿ノリで前泊。

前日の昼は焼肉、夜はほうとうを盛り食い。受付も無事に済み、EXPOで少しのお買い物など。

TNFのトレランシューズを買いました。

装備

時計は意識高い系トレイルランナーの高機能のカッコイイやつではなくて、シンプルなGarminのこれ。GPSトラック機能はついてますが40時間とかはもたないので普通の時計としてだけ使います。

携帯する補給食も意識高い系トレイルランナーのカッコいいジェルではなくて、ふだんのんでるザバスの200mlのこのシリーズのやつ。

嵩張りますが、こいつをザックに5個、ドロップバッグに5個いれてのぞみます。プロテインがあればなんでもできる!
水はハイドレーションパック2Lを満タンで。
あと細かいお楽しみ補給食として個包装のこういうのをザックのすぐ取り出せるところにいれていました。

今回はエイドで毎回マスクをしないといけないので、すぐ出し入れできるパンツの右ポケットに常にマスクをれておきます。個包装の補給食のゴミなどはパンツの左ポケットに貯めておいて、エイドで捨てます。すぐに出せるザックの肩ストラップの小物入れには、右側に↑の固形補給食、左側にザバスをいれておいて、食べたいときに食べます。

高低表と各エイドで何がでるかというのは常にチェックできるように、プリントアウトしてジップロックにいれてザックのすぐ出し入れできるところにいれておきます。何回もみた。

スタート

いよいよきたな、このときが。

鏑木さんと六花さんが3年ぶりのスタートを盛り上げます。

スタート(16:00)~U1富士宮(18:30)~U2麓(22:00)

天子山地のトレイルが天気の関係でなくなって迂回路になり、スタート~U1富士宮U2麓まで山という山なし。というわけで当たり前のようにみんなノンストップで走る。いうても50kmですよ。登らないにしても50km走るって、普通に考えたらけっこう大変なことなんだと思いますけど、もはやみんな天子のぼらないし体力使い放題だーみたいな感じで走るわけですよ。イカれてますね。

U1富士宮までは明るいうちにいけそうだったので、ライトはU1富士宮でつけることにして、そこまではとりあえず突っ走りました。U1富士宮でヘッドライトをつけて、天子迂回路へ。迂回路もぐちゃぐちゃだったので、天子いってたらやばかったなと思いました。

U2麓(22:00)~U3本栖湖(24:00)~U4精進湖(4:00)

U2麓は2018にボラをやった思い出のエイド。あのときはまさか自分が走るとは思っていなかったなあ。やきそばを頂いて出発。 この辺りまで山がなくて何しにきたんだっけという気にもなっていたんだけど、この辺りからトレランらしくなってきた。グイグイ登る。

UTMFはあまり天気がよくなくて富士山がみえない回も多いようなのだけど、今回はわりと昼も夜も富士山がみえていました。

いわゆる富士の樹海辺りを走りながら、チャレンジ富士五湖でもお馴染みのU4精進湖へ。

U4精進湖(4:00)~U5富士急ハイランド(8:00)~U6忍野(12:00)~U7きらら(16:00)

U4精進湖で田舎ぞうすいを頂いて出発。この辺りで夜が明けてきて、早朝の紅陽台~五湖台あたりからの富士山がきれいでした。

U5富士急ハイランドではトップ選手が既にゴールしてたりするのかなと思ったけど、まだいなかった。ドロップバッグには特にたいしたものはいれてなくて、いちおう靴下を履き替えた。エイドにあるパンとかを頂いて、出発。ここまでくれば後は這ってでもゴールできるだろ、という気がしてきた。

この辺りから灼熱地獄でやばかった。調子のって走ったりしてたんだけど、ちょっと熱中症気味だなと気付いて、休み休みの抑え気味に。じっとしてればひんやりとした風があったりしたので、落ち着いて身体を冷やす。

U6忍野で、救護の人にちょっと熱中症気味なんですけど何か冷やすものありますか、ときいたら、特にないみたい。水を頭から被って冷やしていたら、KAIのトップ選手が到着。めちゃ速い。

この辺りから元気なKAIの方たちに囲まれ煽られもみくちゃに。UTMFは年齢層高めな気がしますが、なんだか若い方がたくさんいるのですねKAIは。良いですね。瑠偉くん効果でしょうか。

大平山辺りで、眠気と疲れと熱中症気味とが合わさってフラフラしてきたので、大平山山頂のベンチで10分ほど仮眠をとりました。

U7きらら(16:00)~U8二重曲(21:00)~U9富士吉田(1:00)~ゴール(6:00)

U7きららで豚の入っていない豚汁を頂き、おにぎりも頂いて休息。ここでも水を被って、二重曲へ出発。

このU7きらら~U8二重曲が鬼門でしたね今回は。熱中症で体力を奪われてむかえた2日目の夜に、ヌルヌルと滑りズボズボと埋まる泥んこの上り下りが延々と続く。途中でドーンドーンと聞こえてきたのは雷かな、こんな時間に自衛隊の砲撃演習やってるわけないしな、と思ったら、どうやら河口湖でやっている花火の音だったようで、山の上から遠くの空に花火がみえました。きれいでした。

そんなこんなで迎えたU8二重曲峠。ここがまじやばくて、まじでやめようかと思った。エイドもこれまではちゃんとした建物だったりしたんですがここは狭いテントで人がごった返し、ブルーシートに置かれたストーブの周りで人が寝ている野戦病院状態。

もう疲労困憊ですが、次に現れる難所・杓子山はまあまあの急登で岩場や鎖場もあるところ。塔ノ岳みたいなもんでしょなんとかなるだろ、と思っていたんですが、改めて考えると24時間以上100km動き続けている状態からの塔ノ岳ってけっこうヤバいぞ。疲労と眠気と野戦病院のザワザワから、なんだか杓子山が不安になってきた。

しかしここまできたしな~、と思って、ここまでもらっていなかったエイドの温かいカフェオレを頂いたら、気分転換してスイッチはいった。よし、いくべ。いけるいける。

ここまではわりとストイックにきてたんですが、疲れたし眠いし杓子は危ないっていうし、素直に前の人についてこ、という心理になって、おしゃべりをして眠気と疲れを紛らわす作戦に。この辺りまでくると周りに生き残ってる人たちはもうみんな戦友のような気持ちで謎の親近感があって、楽しくおしゃべり登山。

無事に杓子を終え、最終エイドのU9富士吉田でもしばし10分程度の仮眠。あわよくば36時間とも思っていたけど、もうタイムとかどうでもよくなってきた。完走できればなんでも良いっす。UTMFのフィニッシャーですといえれば良いっす。

というわけで霜山に突入。ここでも素直に前の人についてこ、というつもりでのぞんで、楽しくおしゃべり登山。

そんなこんなで、38時間くらいでゴール~。ありがとうございました!!

眠気がヤバい

疲れたかっていうと疲れたんですけど、疲れたよりも眠気がヤバい。帰りの車でおしゃべりをしていたつもりが気付いたらストンと寝てる。この状態で車の運転とかしたらヤバいなと思いました。

靴をかえた

ボロボロになった靴。

4年くらい前にトレランに手を出したときに友人に頂いたお下がりの靴を気に入って、同じのを買いなおして履いてたんですが、またボロボロに。靴底も擦り減ってるし、周りも削れています。今回でこのシューズともお別れ。次回からはEXPOで買ったトレランシューズで走ります。

またやりたいか?

といわれれば、現時点では、いやもういいっす、充分っす、と思っています。
しかし思えば初めてマラソン走ったときもそう思ったからな。またやりたくなるのかな。