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OSSライセンスの"distribute"を「頒布」と訳すのは誤訳

前回のエントリでは、OSSライセンスでいう"distribute"を、日本の著作権法で手垢のついた「頒布」で訳すと誤解や混乱を生むので「配布」の方がベター、と述べた上で、実際に混乱している様子を辿ってみました。

著作権法の解釈的なところをもうちょっと突っ込んで書いておくと、日本の著作権法の文脈で話をするなら、OSSライセンスの"distribute"を「頒布」とするのは誤訳です。

著作権法でいう頒布権というのは、映画業界のロビイ活動によって認められた特別な権利で、映画フィルムの配給権を立法化したものです。普通の著作物、例えば本というのは一回売ってしまえば、それを買った人は、その本を他の誰かにあげるのも貸すのも自由です。これに対し、映画のフィルムの配給を受けた映画館が、その映画フィルムを他の映画館に渡したり貸したりするのを配給元のコントロール下に置くのが頒布権です。普通の著作物の譲渡権というのは一度適法に譲渡されると消尽しますが、映画の頒布権だけは譲渡によって消尽しないという、映画だけに特別に認められた超強力で特殊な権利なのです。

著作権法上の「頒布」は、こういう映画の頒布権を説明するための語で、特殊な色のついた語です。そういった語を他の状況に無理矢理あてはめようとすると色々とほころびが出ます。

著作権法 第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
 十九 頒布 有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいい、映画の著作物又は映画の著作物において複製されている著作物にあつては、これらの著作物を公衆に提示することを目的として当該映画の著作物の複製物を譲渡し、又は貸与することを含むものとする。

まず「貸与」という語が入ってるのが一見して特徴的です。映画フィルムの配給の話をしているからです。またここで「複製物」というのは、有形の物のことをいいます。つまり著作権法上の「頒布」は物理媒体を譲渡したり貸与したりすることをいい、インターネット送信は含まれません。 それは公衆送信(自動公衆送信、送信可能化)の問題です。

だから、OSSライセンスの"distribute"を著作権法上の「頒布」で説明すると、いくつかのOSSライセンスの許諾条件は、ソースコードを物理媒体にいれて配るのはOKだけど、AppストアやPlayストアで配ったりGithubでプロジェクトをforkするのはダメ、ということになってしまいます。

「頒布」でも一般的な用語として感覚的に伝わるんだとか、条件を満たさなくなったらterminateするんだから感覚的に貸与でも間違いじゃないじゃないかとか、そういう議論はあっていいと思いますが、既に「頒布」が定義されている著作権法のコード上に違う意味で無理矢理オーバーロードするのはエラーを生みます。

というわけで、やっぱり「頒布」に独自の解釈をするくらいなら"distribute"(≒convey)の訳は「配布」で統一していった方が良いよなと思う次第です。