結論からいうと「配布」がベターだと思う
OSSライセンスにおけるdistributionの日本語訳に「配布」と「頒布」があって、私は「配布」がベターだと思っている。日本の著作権法上では、頒布というと映画の著作物についての頒布(譲渡+貸与)の意味をもってしまうので、法律上つかわれていないニュートラルな語の方が良いと思う。GPLがv2からv3になるときにdistributeの語をconveyに置き換えたけど、これはdistributeだと国によって著作権法上の意味を持ってしまうので、知る限りどの国の法律でも使われていないconveyの語にしたという話で、色のついていない語で説明した方が良いのだろうなと。
ちなみにGPLv3の逐条解説やFSFの解説ではconvey(≒distribute)の訳語として配布を使っている場合が多い。「OSSライセンスの教科書」で上田さんは頒布といっていて、なんでかと思ったら八田さんのGPLv2参考訳がそうだかららしい。界隈でいうと姉崎さんも頒布といっているが、可知さんは配布といっている。八田さんの論文をいくつかみてみると、どうやら配布といってる場合と頒布といってる場合があるようだ。何らかの意味合いで使い分けているのかなとも思ったけど、よくわからない。
みんなOSSライセンスにおける"distribute"のことは「配布」っていった方が世界は平和になるんじゃないだろうか。
…と、以上でいいたいことは全部いいましたが詳しくいうと
OSSライセンスにおいて"distribute"という語はよく使われていて、GPLv2でもMITでもApacheでもBSDでもオープンソースの定義でも出てきます。GPLでは、"distribute"という語が米国著作権法で使われていることから、米国著作権法における用法に限定解釈されることを嫌って、v3をつくるときにどこの国でも使われていない"convey"に置き換えました。
GPLv3逐条解説におけるconvey(≒distribute)の説明(p.27)では、その定義を「プログラムを第三者に渡したり、あるいは第三者が入手可能な状態に置くこと」としています。うん。わかります。しっくりくる定義だと思います。
日本の著作権法では頒布という語が使われていて、条文上で定義されています。
著作権法 第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
十九 頒布 有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいい、映画の著作物又は映画の著作物において複製されている著作物にあつては、これらの著作物を公衆に提示することを目的として当該映画の著作物の複製物を譲渡し、又は貸与することを含むものとする。
「有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡」までは"distribute"っぽいですが、「又は貸与すること」というのは違います。ここで貸与といってるのは、レンタルビデオ屋がDVDやCDを貸したりとか、図書館が本を貸したりとか、映画の配給会社が映画のマスターテープを映画館に貸したりすることをいっています。著作権法における頒布は貸与の意味が入ってこその頒布であって、"distribute"にあえて貸与を含ませる意義はないでしょう。
OSSライセンスにおける"distribute"を「頒布」というと、ここでいう頒布は著作権法でいう頒布とは違うのだと頭の中で変換しないといけないことになり、運用でカバーするバッドノウハウを生みます。
一般的な用語として、「頒布」を辞書でひくと「配って広く行きわたらせること。 「小冊子を-する」」 (weblio) となっていて、そういう意味ではまさに"distribute"なんだと思いますが、上述したような著作権法上の用法を無視するのはちょっとナイーブなんじゃないかと思います。「配布」が正しいという積極的な理由はありませんが、あえて色のついた「頒布」を使わなくていいじゃないかという消極的な理由はあります。
ちなみに、特許法でも頒布という語が使われています。配布は使われていません。
第二十九条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
いわゆる刊行物公知というやつです。逐条解説によれば、ここでいう刊行物とは、「公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図面その他これに類する情報伝達媒体」をいい、頒布とは、「刊行物が不特定多数の者が見得るような状態におかれること」をいいます。これは"distribute"っぽいですね。
巷ではどう使われているか
日本において「オープンソース」を広く知らしめることに貢献したといわれている1999年のオライリー本では、「配布」が使われています。(Web版はこちら)
https://opensource.jp/ ドメイン配下には、「オープンソースの定義」の日本語訳ページが謎に2つあって、いずれも八田さんの訳のようですが、なんと、 https://opensource.jp/osd/osd-ja.html ← こっちでは配布となっていて、 https://opensource.jp/osd/osd-japanese.html ← こっちでは頒布となっています。
ちなみに今日(2020/9/27)時点でのwikipediaのオープンソースの定義では、頒布の方が使われていますね。2002年のGPLv2の訳では「頒布」(八田さん訳)
2003年のSOFTIC研究報告「オープンソース・ソフトウエアの現状と今後の課題について」で文中検索すると、頒布290件、配布6件。頒布が優勢ですが、語の使い分けに明確な理由はなさそうで、混乱が始まっていることがわかります。
2004年に弁理士会の会報誌である「パテント」誌に載った論文「オープン・ソース・ソフトウエアと著作権」では、頒布6件、配布4件。
2005年にJIPA(日本知的財産協会)が出した研究報告「オープンソースソフトウェアの特許に関する諸問題」では、頒布4件、配布58件。
2005年に国土文化研究所年次報告に記載された報告書「著作権及びオープンソースソフトウエアの研究」では、頒布2件、配布5件。
2006年の「パテント」誌の研究報告「オープンソースソフトウェアのライセンスと特許権」では、頒布147件、配布5件。
2007年に出版された書籍『ライセンス契約』で、平嶋先生が「GPL」という章を書いており、ここでも「配布」と「頒布」が入り乱れています。OSSの定義を紹介する箇所(p.319)では"Redistribution"の訳語として、なんと独自に「再拡布」という語が使われています。「拡布」というのは聞きなれない語ですが、平嶋先生の師である中山信弘先生は特許の発明品について拡布という語を使っていたりします。
2009年のGPLv3逐条解説では、頒布1件、配布212件。配布で統一しようという意志が感じられますが、p.70の注釈の平文に一箇所だけ頒布が残っています。執筆者には八田さんも入られているので、八田さんもこのあたりでは「やっぱ配布でいいんじゃね」と考えていると推測。
2009年に早稲田大学の季刊誌『企業と法創造』に載った論文「オープンソースソフトウェアの著作権法による保護」では、頒布29件、配布4件。
2010年にIPAより出された「OSSライセンスの⽐較および利⽤動向ならびに係争に関する調査」では、配布で統一(343件)。「頒布」が一箇所だけありますが引用箇所の括弧付きなので、平文としては配布で統一した強い意志が感じられます。
2011年の八田さんの論文「オープンソース・ソフトウェア・ライセンスにおけるソフトウェア特許と商標の扱いに関する研究」では、頒布1件、配布4件。
2013年に出版されOSS実務マニュアルの時代を切り開いた書籍『知る、読む、使う! オープンソースライセンス』では、配布。
2014年の『情報の科学と技術』に載った論文「OSS と著作権ライセンスー歴史的展開とライセンス類型の概観」では、頒布32件、配布5件。
2014年の姉崎さんの論文「OSSライセンスとは~著作権を権原とした解釈」では、 頒布43件、配布7件。
2017年のJIPA『知財管理』の調査報告「オープンソースソフトウェアと特許に関する調査・解説」では、 頒布4件、配布2件。
2018年の「IoT時代におけるOSSの利用と法的諸問題Q&A集」では、 頒布20件、配布565件。ただこちらも「頒布」を使っているのはほぼ引用で、平文としては「配布」で通している印象です。
2018年に出版され、現在では実務家のスタンダードになりつつある書籍『OSSライセンスの教科書』では、頒布。本書では、なぜ「頒布」の語を使うかについて、GPLv2の訳語がそうなってるからだと述べられています。
- 作者:上田 理
- 発売日: 2018/08/23
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
なんとなくの流れとして、初期のGPLv2の訳やオープンソースの定義の訳が「頒布」となっていたし、「頒布」の方が「配布」よりもなんとなく専門用語っぽいので頒布が使われていたが、やっぱり頒布ってちょっと違くねと思いだした人たちは配布を使うようになってきたけど、引用とかでは頒布といわざるをえないときもあるし、、、という感じのように思います。
というわけで、「頒布」と「配布」と「拡布」が入り乱れている状態では混乱と憶測と誤解が広まるばかりで誰も得しないので、この乱世を鎮めるために、ここはひとつOSSライセンスにおける"distribute"の語は「配布」で統一し、定義はGPLv3逐条解説の通り「プログラムを第三者に渡したり、あるいは第三者が入手可能な状態に置くこと」として共通認識をつくっていくいうことでどうでしょうか。