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It's Not About the IP

- IP(Intellectual Property), Computer Technology, Ocean Life, Triathlon, and more

エンジニアが知っておくべき特許制度の12のこと

知財立国うんぬんと言われながら著作権ばかり話題にあがりますが*1、直接ITエンジニアに関係するのはどっちかっつーとむしろ特許制度だったりします。というわけで、ITエンジニアには意外と知られていなかったり誤解されていたり、これは知っておいてもよさそうだなーと思うことをまとめてみました。

1. 特許は、産業の発達のための制度

であって、発明者を保護するための制度ではありません。これは意外と誤解されているような気がするけど、いくら強調してもし過ぎることはない特許制度の根本原理です。技術は累積的に進化しますから、新しい発明をした人がそれを隠すと技術の発展が滞るので、新しい発明をした人にその技術を国に開示してもらい、国がその技術を世の中に広く知らせることで累積的な技術の進化を促して産業の発達に寄与しようというわけです*2。新しくてイケてる技術を開発して開示してくれた場合には、その開示の代償として発明を保護するのです。

2. 「ビジネスモデル特許」なんてない

特許の保護対象は技術思想*3ですから、経営思想であるビジネスモデルに特許なんて付与されません。ビジネスモデル特許なんてITバブルの頃の誰かの陰謀と勘違いによる幻想です。例えばウェブサービスをつかった新しいビジネスモデルを考え付いたときに、それをウェブサービスとして実装するために何らかの技術的なブレイクスルーが必要で、それを発明した場合、そのウェブサービスは技術的な価値において特許され得ることになりますが、あくまでも特許の保護対象は技術であり、ビジネスモデル自体に特許なんてされません。

3. 出願だけじゃ、審査されない

著作権は表現した瞬間に発生するのに対し、特許権は国に開示して審査されてオッケーだということになって初めて発生しますから*4特許権を得るためには技術を開示する特許明細書*5を国に提出して、特許出願をしなければなりません*6。出願をしなければなにも始まりませんが、出願したら審査されるわけではないです。国としても全部審査してたら大変ですし、出願人としても出願しておけば少なくとも他の人に特許をとられる心配はなくなるので、とりあえず出願して気が済む場合はけっこう多いのです。だから、審査して欲しい場合には、出願後3年以内に審査請求というのをする必要があります*7

4. 動くモノができている必要はない

特許の保護対象はあくまでも技術的思想*8であって、実際につくられたモノではありませんから、動くモノができている必要はないですし、もっと言っちゃえば実際につくる予定がなくたって、技術的に新しい思想(アイデア)を論理的に説明した特許明細書がかければOKです。新しい技術を開示することと、それで商売することとは別の話なのです。

5. 新しくて、工夫があればオーケー

特許というのは新しくてイケてる技術を隠さないで開示してねーという制度なので、そもそも隠されてない技術は特許されません*9。「隠されてない」とは、「守秘義務のない人が一人でもそれを知っている」ことだったりします。ちなみに、隠されていることを俗に「新規性がある」といい、隠されてないことを「新規性がない」とか「新規性を失っている」とか言ったりします。一人にでも知られてたら新規性はありませんので、例えば、最近のウェブサービスとかはカフェとかで新サービスを練ってたりするみたいですけど、具体的な実装の工夫とかを周りの人に一人でも聞かれていたら、厳密にいえばそのサービスのアイデアは新規性を失っていて特許されないことになります。あと、リリースされて運用段階にはいったサービスも、基本的には新規性を失うことになっています。「リリースしてみたら評判が良いので、特許出願したいといってくるクライアントがたまにいるよねー」というのは、特許業界ではよく聞く笑い話です。

あと、特許権が付与されるとその技術の実施は特許権者に独占されますから、確かに新しいっちゃあ新しいけどこんなの誰でも思いつくしつくれるよーというものに特許を付与してしまうと独占ばかり増えてしまって産業の発達を阻害します。というわけで、特許されるためには、ただ新しい以上に普通の人が普通には思いつかないようなイケてる工夫やブレイクスルーが要求されることになります*10。この特許要件を俗に進歩性といったりしますが、ここはちょっと例をだしてみましょう。
例えば、鉛筆ってのは便利ですけど消しゴムもあるとさらに便利です。消せます。消しゴム忘れた!とかいって、つばつけてこすってみたって広がって汚くなるだけです実は。消せません。そこで、そうか!鉛筆と消しゴムを一体化してしまえば良いじゃないか!ということを閃いた人がいるとします。

確かに鉛筆と消しゴムを別々に持ち歩くより忘れることはなさそうですけど、なんか投げやりだしあんまり知的な感じはしません。これだとフデバコにいれるのもウザそうですし、書くときにはケツが振れて重そうだし使っているうちにとれちゃいそうです。こんなんだったら鉛筆と消しゴムと普通に別でもっときゃいいじゃんて思います。もうちょっと工夫が欲しいところです。そこでちょっと工夫して、こんなのはどうでしょう。

うん、いいんじゃないでしょうか。持ち歩くのにも書くのにもフツウの鉛筆と比べて不便はなさそうですし、消しゴムがないときには充分便利そうです。
というわけで、従来あるものをただくっつけただけじゃなくて、普通には思いつかないような何らかの工夫がされていれば進歩性の要件をみたす、ということになります。
それでも、「ただくっつけただけじゃん」とか「こんくらいだれでも思いつくなー」と思うものでも特許されてる例はありますから、少なくとも新しければ出願してみる価値はあります。新しいかどうかというのは比較的客観的に判断できますが、誰でも思い付くかどうかなんてのは主観的な話で、自分にとっては当たり前でも他の人には当たり前じゃなかったり、後からきいたらチョウフツーだけどそんときには誰も思いつけてなかったんですよ実は、とかは良くある話です。有名な例え話はコロンブスの卵の話ですが、コロンブスが教えてくれなかったら誰も卵を立てられなかったわけで、コロンブスの卵は特許され得るというのが特許の思想です。*11

6. 特許要件の判断基準時は、出願時

その技術が新しいかどうかというのは重要な特許要件なわけですが、「新しいかどうか」の判断基準時は、出願時です*12。つまり、自分が出願した後だったら、他の人が先に同じようなサービスを公に始めても特許的にはこっちの勝ちだし、逆に自分が先に発明していても隠しているうちに他の人に出願されたら、特許的にはその他の人の勝ちです。だから早めに出願しておいた方が良いことになっているのです。ちなみに、こういう特許要件を出願時で判断することを「先願主義」といったりします。

7. 他人の特許技術を改良した発明は、特許され得る

ある技術を開発したときに、他社が特許をとっているのを見つけてもあきらめるのは早いです。他社が特許とっている技術に基づいていても、そこからさらに工夫があればそれはそれで特許になるのです*13。だって技術は累積的に進化するんですから、全ての技術は他の技術に基づいているのは当然です。他人の特許発明に改良を加えた技術は、それはそれで特許になるのです。

8. 拒絶理由通知はだいたいくる

出願して審査請求すると、まあだいたいあんたの特許出願は拒絶しますよーという拒絶理由通知というのが特許庁からきます*14。これはどんな発明であってもだいたい挨拶程度にきますからビビる必要はありません。こっからが本番です。出願した特許明細書に基づいた反論ができます*15

9. 全ての特許の技術内容は、当業者が実施可能な程度に公開されている

国は、新しい技術を世の中に広く知らせて、それを知った技術者がさらに何かを閃いて技術が進化して欲しいから、それを教えてくれた人に特許権という権利を与えるわけです。だから、その開示は、他の技術者にとって技術的に役に立つものでなければ意味がありません*16。「B-treeよりも100倍速いアルゴリズムを含む検索システム」とだけいわれても、それだけだと誰もそんなもんどうやってつくったらわかりませんから、これに技術文献としての技術的な価値はありません。実際にどうやったら100倍速く検索できるのか?ということを具体的に技術的に、当業者ならコーディング可能なくらいの粒度で特許明細書にかかなければなりません。これを俗に実施可能要件といったりしますが、全ての特許は実施可能要件を満たす特許明細書に基づいて付与されており、特許された全ての特許明細書は、国によって技術文献として開示されているのです*17こことかで。

10. 全ての特許は、誰でも無効にし得る

特許になるかどうかは特許庁の優秀な審査官が気合いを入れて審査しますが、審査官も人の子ですから世の中の全ての文献等を調査して比較するのは不可能ですし、間違った判断がされることもあります。でも特許ってのは付与されるとその人にその技術の実施が独占されるわけで、新しくないとか新しいけど工夫がないとか、特許明細書にはなにいってっかわからん程度にしか技術が開示されていないとか、そういうもんが特許されているというのは世の中にとっちゃただの害なわけです。ただの害なら無いほうが良いですから、そんな時のために誰でも、「この特許、おかしいぜ!」といって特許をツブせる特許無効審判という制度があります*18。その特許明細書が出願時に上記のような要件を満たしていなかったということをあなたが証明すれば、国は喜んでその特許を取り下げます。国だって本当は特許権なんて活かしておきたくないのです。国としては開示さえしてくれすりゃそれで良いんですから本当は。

11. 自分でかいた特許明細書で特許査定を得るのは、ほぼ不可能

「自分でできる特許出願」みたいな本が世の中には売られていて、こういう本を読んで自分で特許明細書をかいて出願する人がたまーにいるみたいですけど、特許ってのはけっこう複雑な制度ですから、特許明細書ってのはその制度を理解していないとバグが入り込む、誰でも知ってる汎用言語の日本語というよりは専用言語で書かれたプログラムのようなものです*19。プログラムの勉強をしたことがない人が本屋で売られているとあるプログラム言語の教本をかってきてなんとなく動くっぽいプログラムがかけたとしても、いきなりエレガントでバグがなく処理の速いプログラムをかくことができないのと同様、本屋で売られている本をかってきてなんとなく特許明細書っぽいものがかけたとしても、それで特許査定を得たり、強く広い権利となる特許明細書を書くのは残念ながらなんだかんだでほぼ不可能といって良いでしょう。本当に特許をとりたいなら、専門家に頼むことをお勧めします。

12. 同業者の特許技術は、当然に調査する義務を負っている

特許ってのは技術の進化を促して産業を発達させる重要な国策であることになっていて、同業他社の特許技術ってのは当然にリサーチしておくべきことになっています。リサーチしておいて当然とは具体的にどういうことかというと、侵害したときに知らなかったでは済まないということです。
日本の国民生活の基本法である民法では、故意又は過失によって人の権利を侵害したら損害賠償が発生することになっていますが、ここでまずもめるのは「故意又は過失」の部分です。「故意又は過失」じゃなくてした他人の権利の侵害には損害賠償は発生しないのです。で、特許権ってのは権利で、同業他社の特許技術をリサーチしているのは当然ですから、訴えられた場合にデフォルトでは「知らなかった」ことに過失が推定されることになっているのです*20。ちなみに、特許を侵害すると、民事、刑事あわせてありえない額のカネを払うハメになるかも知れません。

いろいろかきましたけど

こういう特許制度が良いのか悪いのか、というのはまた別のハナシ。
間違ったことは言ってないつもりですが、大雑把に言い切った部分もあるので、実際にどうこうしようという場合は弁護士、弁理士に相談して下さい。

*1:特許法についてのクラシックを何発もドロップしてきた中山御大も、最近のアレ以来すっかり「著作権のエライ人」みたいなことになってますね

*2:cf.特許法第1条

*3:cf.特許法第2条

*4:cf.特許法第51条、第108条、第66条

*5:cf:例えば→勝手に特許明細書(はてなワールド)

*6:cf.特許法第36条

*7:cf.特許法第48条の3、第48条の2、第47条

*8:cf.特許法第2条

*9:cf.特許法第29条第1項各号

*10:cf.特許法第29条第2項

*11:コロンブスの卵(by wikipedeia 2008/4/21) → 式典で「誰でも西へ行けば陸地にぶつかる。造作も無いことだ」などとコロンブスの成功を妬む人々に対し、コロンブスは「誰かこの卵を机に立ててみて下さい」と言い、誰も出来なかった後でコロンブスは軽く卵の先を割ってから机に立てた。「そんな方法なら誰でも出来る」と言う人々に対し、コロンブスは「人のした後では造作もないことだ」と言い返した。これが有名な「コロンブスの卵」の逸話であり、「誰でも出来る事でも、最初に実行するのは至難であり、柔軟な発想力が必要」「逆転の発想」という意の故事で今日使われているが、逸話自体は後世の創作であるという説が一般的である。

*12:cf.特許法第39条

*13:cf.特許法第72条等

*14:cf.特許法第50条

*15:cf.特許法第17条の2、第50条

*16:cf.特許法第36条第4項1号

*17:cf.特許法第66条第3項

*18:cf.特許法第123条等

*19:cf:例えば→勝手に特許明細書(はてなワールド)

*20:cf.特許法第103条