そんなわけで論文掘りをしているんですけど、いやあすごいですわ。まあまあ知財のこと知ってるつもりになっていましたけど、アカデミアの門の向こうに知らない世界が広がっていました。実務や弁理士試験には出てこない知財哲学の荒野。
早速その荒野で迷子になりかけているので、ちょっと道標としてのインデックスを。
知財権の根拠
知財っていったいなんで、なんのためにあるの、という理屈の再構築が議論されている。
公開の代償として独占権を与える、とかよくあるあれ。創作物が生む経済的利益の独占を創作者に認めることで創作のインセンティブを与える。帰結主義的か。
- 自然権論
発明や表現は人格の発露だから、人格として保護すべきとする考え方。この発想は特許法の条文上にはないが、わりと真面目に議論されている。ソフトウェア産業における特許制度は害であることが実証経済学として証明されてしまったので、特許の存在意義はインセンティブ論では説明がつかない。そこでこれがもてはやされてるんだと思う。条文から読めないけどな!
破綻する特許―裁判官、官僚、弁護士がどのようにイノベータを危機に
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白田秀彰先生の「コピーライトの史的展開」には、英米においてもともとインセンティブ論だったところに自然権論が混じっていった過程が研究されている、、、のかな?
- 作者: 白田秀彰,加藤一郎,中山信弘,知的財産研究所
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森村進先生は、財産権とはそもそも、財が希少であるからこそ支配権に関する争いを解決するためのルールなんであって、使ってもなくならないアイデアや表現など無限に複製できるものについて財産権というルールを設定するのは自然とはいえない、と主張されている。リバタリアン的な見地からIPを懐疑的に捉えているようだ。自然じゃないから。ふむふむ。
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- 契約論
知財権の根拠を、所有権法でも不法行為法でもなく契約法に基づくものとして捉えなおそうとしているのが最近の島並良先生。まじすか。めちゃ尖ってる。教科書とか書いている大御所の先生が裏ではそんなぶっとんだこといってるなんて素敵。
曰く、特許制度は、市民の意思の総体として(選ばれた議員が)つくった特許法に基づいて運営されており、このスキームは市民自身の意思がベースだから、特許権は特許出願人と公衆との間の社会契約である。特許侵害とは、この社会契約の違反である。みたいな話。
技術分野によって違うよねという話
- 医薬品とか化学もの
薬なんかは開発のためにものっそい何億とか何百億とかのお金がかかるから、それを回収するために特許を与える必要があるし、内容を開示して重複研究を避けることは全体最適としても機能する。また化学式で発明を定義、特定できるから、侵害/非侵害も比較的わかりやすく権利行使場面でも概ね期待通りに機能する。
- 機械とか構造もの
機械も構造ものなんかは図面でバシッと表すことができるし権利範囲が比較的明確なので権利行使場面でも機能する。
- ソフトウェア
ビジネスモデルものの発明はポッと出のアイデアも多いから開発費用の回収という意義は希薄。サービスサイクルもはやく特許公開とかの前にバンバン公開されていくから特許公報として公開する意義も希薄。そして権利はあいまいな言葉で表されたクレームに基づいて解釈されるので、侵害/非侵害の明確な判断が困難、というか不可能。
→役に立ってないじゃん
じゃあもう特許制度なんかやめちゃえば良いじゃんという議論
じゃあもう少なくともソフトウェアの分野では特許やめちゃえば良いんじゃないの?と素直に思うわけですけど、そうできない理由は2つ。
・TRIPS協定27条。技術分野を任意に絞らないことが求められている。
・経路依存性。経済学や社会科学の用語で、制度として確立して組織ができてしまうとその組織自体が制度を維持することを目的として維持されてしまうということが起きる。ソフトウェア特許の世界でも、そのための特許庁、特許事務所、企業知財部員などの組織が既に出来上がってしまっているので簡単にはなくせない。…これはあるよなと思っていたんだけど、田村善之先生がこのことを既に経路依存性という社会科学用語で説明していた。すごい。
プロ・イノヴェイションのための特許制度の muddling through (5・完) : HUSCAP
こうなると、EPやUSは、特許の土俵には乗せるけどなかなか権利化させないというわけでうまくやってるよなと思う。
ちなみに分野に限らず、昔は技術を特許を特許公報として国の手間でみんなのみえるところに置いて公開するという意義があったけど、今日では個人でもインターネットで簡単に世界中に公開できるから、そういう意味でも特許制度の意義は薄くなってる、という話はあると思う。これも社会科学のアカデミックの文脈でどなたかが既に説明しているだろうか。
じゃあどうするのという議論
・ USでは、トロールによる特許侵害訴訟なんかでは損害賠償は認めても差止を認めないという判例が確立しつつある。日本でもこのようにすることは可能なはず。
・これはどこまで関係あるかわからないメタな話だけど、改めて読んで置きたいなと思ってる。インターネット後に目指す社会システムはフラットではなくステップでもなく、「なめらか」であるという提案。
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・これもメタな話だけど改めて読んで置きたいなと思ってる。気鋭の若手シャレオツ弁護士による、より良いインターネット後の社会を目指すための提案。
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・ 田村先生は、特許を財産権というよりも行為規制として捉え直すことを提案している。これもまた尖ってますけど、すごくリーズナブルなように思う。胸熱。この論文の破壊力がやばい。興奮した。
プロ・イノヴェイションのための特許制度の muddling through (5・完) : HUSCAP
曰く、特許権は財産権のようなかたちをとっているがその実態は行為規制なんだし、行為規制である独占禁止法と場面場面で使い分けて、特許庁、裁判所、公正取引委員会の役割分担の問題として捉え直すのはどうだろうか、みたいな感じ。
すごい。感動した。大学の先生たちって、教科書かいたり判例解説したりしてるだけじゃなかったんや!!