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田舎町の弁理士とMBA旅行者

日本の田舎町。海岸に小さな特許事務所が開かれていた。弁理士が、町の発明家の技術を特許にしていた。その特許明細書はなんとも出来がいい。それを見たアメリカ人旅行者は、「すばらしい特許明細書だね。どれくらいの時間、明細書を書いているの」 と尋ねた。

すると弁理士は「そんなに長い時間じゃないよ」と答えた。

旅行者が「もっと明細書を書いていたら、もっと特許が取れたんだろうね。おしいなあ」と言うと、弁理士は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」と旅行者が聞くと、弁理士は、「陽が昇る前に起きて、海辺を散歩する。ときには、ジョギングをしたりサーフィンをしたり、釣りすることもあるね。空が明るくなってきたら、発明家に話を聞きに行って、特許明細書を書く。戻ってきたら子どもと遊んで、女房と料理をして。陽の高いうちから友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…陽が傾いてきた頃には、もう一日終わりだね」

すると旅行者はまじめな顔で弁理士に向かってこう言った。

「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、特許明細書を書くべきだ。それであまった時間は外国出願をし、営業にも出る。案件が貯まったら弁理士を雇う。そうすると売上は上がり、儲けも増える。その儲けで弁理士を2人、3人と増やしていくんだ。やがて大特許事務所ができるまでね。そうしたら中小企業の明細書を書くのはやめだ。大企業に太いパイプをつくり、大手のお得意様との仕事だけを徹底的に効率化して処理する。その頃にはきみはこのちっぽけな町を出て東京に引っ越し、アメリカ、欧州、アジア各国の事務所と提携していくだろう。きみは東京都心のインテリジェントビルから知財戦略の指揮をとるんだ」

弁理士は尋ねた。

「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」

「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」

「それからどうなるの」

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」

と旅行者はにんまりと笑い、

「今度は会長職になって、きみは億万長者になるのさ」

「それで?」

「そうしたら引退して、海岸近くの小さな町に住んで、陽が昇る前に起きて、海辺を散歩する。ときには、ジョギングをしたりサーフィンをしたり、釣りすることもあるだろうね。空が明るくなってきたら、趣味の法律書でも読んで、頭を回転させる。戻ってきたら子どもと遊んで、女房と料理をして。陽の高いうちから友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」



inspired by ネット小話「メキシコの漁師」 cf. pha著「ニートの歩き方」特設ページ